「ぼくらはマターリ進んでいく、少しずつ理性を耕していく」ゆるやかな語り口の奥に、強い信念がにじむこの一節から始まる「カルチャー」。2025年8月31日、YouTube Music Weekend 10.0にてサプライズ公開され、大きな話題を呼んだキタニタツヤの配信シングルです。同年9月5日に正式に配信リリースされました。MVは「ウ”ィ”エ”」「やや左側にかたよった教育番組」などで知られる映像クリエイター・バーバパパが手がけ、独特の世界観と社会的メッセージの融合が多くのリスナーの心を掴みました。SNS社会における分断や差別、陰謀論といった現代の課題を真正面から取り上げながらも、どこかユーモラスで温かみのある筆致が印象的な本楽曲。今回は、この「カルチャー」に込められたメッセージを歌詞から紐解いていきます。
アーティスト・楽曲情報
キタニタツヤは、1996年生まれのシンガーソングライターです。東京大学文学部で美学芸術学を専攻し、2014年頃からボカロP「こんにちは谷田さん」としてネット上で楽曲を公開し始めました。2020年にソニー・ミュージックレーベルズよりアルバム『DEMAGOG』でメジャーデビュー。2023年にはTVアニメ『呪術廻戦 懐玉・玉折』OPテーマ「青のすみか」が大ヒットし、第74回NHK紅白歌合戦にも出場を果たしています。オルタナティブロックを基盤としながらも、社会や人間の内面を鋭くえぐる歌詞世界が高く評価されているアーティストです。
本楽曲「カルチャー」について、キタニタツヤ本人は「民主主義を正しく機能させるために色んな人が努力をしている中で、商業音楽なんぞに、ひいては文化なんぞに何ができるのか」という問いを起点に、文化が持つ力、すなわちポピュリズムに抗う力、他者への共感力、現実の複雑さを楽しく見つめる力について語っています。さらに「文化はこんな具合に、民主主義の脆弱性をチマチマ補うように、非常にゆっくりではあるが堅実な力として働くはずです」と、楽曲の核心に迫るコメントを残しています。作詞・作曲・編曲はすべてキタニタツヤ自身が手がけています。
考察①:ネットスラングが映す”急がない進歩”の意志
ぼくらはマターリ進んでいく、少しずつ理性を耕していく
「気づき」も「目覚め」も、ユーチューブじゃもらえないよ
一歩ずつユクーリ学んでいく、間違えるたんび直していく
マジでかったるくて苦しい、でも日々育っていくデモクラシー
ね、そうだろべいべー
冒頭のサビは、この楽曲の核心を端的に表しています。「マターリ」「ユクーリ」という、かつての2ちゃんねる文化を思わせるネットスラング的表記が目を引きますが、これは単なる遊び心ではないでしょう。即座に結論を求め、過激な言葉が拡散されるSNS時代において、「急がないこと」そのものが一つの意志表明になっているのではないでしょうか。「理性を耕す」という表現は、「カルチャー(culture)」の語源がラテン語の「colere(耕す)」であることと響き合っています。文化とは、まさに時間をかけて理性を耕し続けることで育まれるもの。タイトルそのものがこの歌詞の伏線になっていると考えられます。また、「気づき」「目覚め」という言葉は、SNS上でしばしば使われるスピリチュアル的・啓蒙的なキーワードを意識しているように読めます。動画一本で人生が変わるような「目覚め」はなく、地道な学びの積み重ねこそが民主主義を育てるのだと、穏やかに、しかし力強く宣言しているのです。
考察②:伏せ字が語る差別と偏見の連鎖
モの前でおしゃべりしてるだけの人たち ムカつく「」は顔出し晒してもいいらしい ここでぶっちゃけたいが 在2世のおれのもまたフォビアでさ(えー?)
自分とこで痛みのリレー止めんのはムズいらしい
このパートで最も印象的なのは、歌詞に多用された伏せ字です。キタニタツヤ本人はXにて「自分が提出した段階では1箇所のみ自主的に規制をしていたのですが、色々な事情があり伏せ字ばかりになってしまった」と明かしています。つまり、この伏せ字の多さ自体が、日本社会における「言えないこと」の存在を逆説的に浮き彫りにしているとも言えるでしょう。「モ」は「モニター」を指していると考えられ、画面の前でただ意見を交わすだけの人々を描いています。そして最も生々しいのは、自身のルーツに触れながら「おれのもまた*フォビアでさ」と歌う部分です。キタニタツヤ自身がミックスルーツを持つことは公にされていますが、差別や偏見が身内にも存在し得ること、そしてそれを「痛みのリレー」として世代間で受け渡してしまう構造を、きわめて率直に告白しています。このパーソナルな吐露が、楽曲全体に圧倒的なリアリティを与えているのではないでしょうか。
考察③:フォビアを「アンインストール」する意味
「なんとなく嫌」「なんとなく怖い」
そんなフォビアをアンインストールしたい
粛々と考える
そうやって歳をとる
「フォビア(phobia)」、恐怖症を意味するこの言葉を、キタニタツヤは根拠のない偏見や差別感情のメタファーとして使っていると考えられます。「なんとなく嫌」「なんとなく怖い」という感覚は、明確な理由がないからこそ厄介であり、論理的に反駁することが難しいものです。それをソフトウェアのように「アンインストール」するという表現が秀逸です。偏見は生まれつきのものではなく、環境によってインストールされたプログラムのようなもの。だからこそ、意識的に削除することが可能なのだという希望が込められています。そして「粛々と考える/そうやって歳をとる」という締めくくりが、この楽曲の姿勢を象徴しています。劇的な変革ではなく、日々の思考の積み重ねによって自分自身をアップデートしていく。その地味で地道なプロセスこそが「理性を耕す」ことなのだと、静かに語りかけてきます。
考察④:ネットミームと陰謀論が映す「真実」の危うさ
「少子化は若いたちのせい」 「治安の悪化は**のせい」
「戦争は茶番、DSのやらせ」
歯止めのないネットミーム
誰かの描いた物語をありがたく聴いてそれだけをただ丸呑む
「真実」がぼくらの望む形をしてくれていたら、ちょっと危険かもね
2番では、現代のネット社会に蔓延する短絡的な物語を具体的に列挙しています。特定の集団に社会問題の原因を押しつけるレトリック、そして「DS(ディープステート)」というワードに象徴される陰謀論。これらを「歯止めのないネットミーム」として一括りにする視点が鋭いと言えます。特に注目すべきは「『真実』がぼくらの望む形をしてくれていたら、ちょっと危険かもね」というフレーズです。人間は自分にとって心地よい「物語」を信じたがるものですが、現実はそう単純ではありません。「真実」にかぎ括弧がついているのは、それが本当の真実ではなく、私たちが信じたいだけの虚構かもしれないという警告ではないでしょうか。確証バイアスの罠を、ポップソングの中でこれほど鮮やかに表現した例はなかなかないように思います。
考察⑤:「ハンナおばちゃん」が示す”考え続ける”ことの意味
「あいつらが悪い」「あいつらはずるい」
って二元論で片付くストーリーじゃない
から考え続ける
ハンナおばちゃんもゆってる(^-^)v
このパートは、楽曲の知的バックボーンが最も色濃く表れる箇所です。「ハンナおばちゃん」とは、政治哲学者ハンナ・アーレントのことを指していると考えられます。アーレントは全体主義の研究で知られ、「思考の停止」こそが悪の温床になると説いた思想家です。特に彼女の「悪の凡庸さ」という概念、つまり普通の人々が考えることを放棄した時、恐ろしい悪が生まれるという指摘は、この歌詞のテーマと深く共鳴しています。「二元論で片付くストーリーじゃない/から考え続ける」というフレーズは、まさにアーレントの思想の核心を平易な言葉で言い換えたものと言えるでしょう。東京大学文学部で美学芸術学を専攻したキタニタツヤならではの、学問的素養が自然と歌詞に溶け込んでいます。それを「(^-^)v」という顔文字で軽やかに包むセンスもまた、この楽曲の魅力です。
考察⑥:「ぼくらにはカルチャー」が見据える未来
ポピュリストも拳銃も
キャッチーすぎる熱狂は長続きしないもんよ
ぼくらにはカルチャー
ひ孫にさえ届くように
どうせ逃げれぬ現実を楽しく見つめれるように
ぼくらにはカルチャー
楽曲のクライマックスで、ついに「カルチャー」というタイトルワードが登場します。「ポピュリストも拳銃も/キャッチーすぎる熱狂は長続きしないもんよ」という一節は、歴史的に繰り返されてきた扇動や暴力による「解決策」が、結局は持続しないという事実を突きつけています。これはキタニタツヤ本人がコメントで述べた「ポピュリズムに抗う力」そのものです。そして「ひ孫にさえ届くように」というフレーズには、文化が持つ時間軸の壮大さが込められています。政治的な興奮は一過性のものですが、文化は何世代にもわたって受け継がれるもの。「どうせ逃げれぬ現実を楽しく見つめれるように」という言葉には、現実逃避ではなく、現実と向き合うための武器としての文化の力が表現されています。この最終節は、楽曲全体を通じて語られてきた「ゆっくりとした進歩」の先にある希望を、美しく結実させていると感じます。
独自の視点:アルバム『DEMAGOG』から「カルチャー」へ
本楽曲を深く理解するうえで見逃せないのが、キタニタツヤのキャリアにおける思想的な連続性です。2020年のメジャーデビューアルバム『DEMAGOG(デマゴーグ)』のタイトルは「扇動者」を意味していました。コロナ禍の混沌の中で、相互監視社会や人間の悪意を掘り下げた同作から5年。「カルチャー」では、扇動に流されるのではなく、自ら「理性を耕す」という能動的な姿勢へと視点が移行しています。これは「デマゴーグ(扇動)」から「カルチャー(耕作)」への、キタニタツヤ自身の思想的成熟を示しているのではないでしょうか。また、歌詞全体を通じてネットスラングや顔文字、カタカナ表記を多用するスタイルは、ボカロPとしてネット文化の中で育ったキタニタツヤだからこそ自然に使いこなせるものです。インターネットの負の側面を批判しながらも、その文化そのものを否定しない。この複眼的な視点こそが「カルチャー」の最大の魅力と言えるでしょう。
まとめ
「カルチャー」は、現代社会の分断や偏見、陰謀論といった重いテーマを扱いながらも、どこか温かく、ユーモラスな語り口で包み込んだ楽曲です。キタニタツヤが伝えたかったのは、「劇的な目覚め」や「キャッチーな正義」ではなく、間違えるたびに修正し、ゆっくりと理性を耕し続けていく地道なプロセスこそが、民主主義と文化を育む唯一の道であるということではないでしょうか。
ハンナ・アーレントの思想を顔文字で包み、ネットスラングで民主主義を語る。この独特のバランス感覚は、東大で美学を学び、ボカロPとしてインターネット文化の最前線を生きてきたキタニタツヤだからこそ成し得たものだと感じます。
ぜひ「マターリ」「ユクーリ」というリズムを感じながら聴いてみてください。この楽曲が、あなたの中の「なんとなく」を見つめ直すきっかけになるかもしれません。あなたはこの歌詞をどう解釈しますか?
楽曲情報
- 曲名:カルチャー
- アーティスト:キタニタツヤ
- 作詞:キタニタツヤ
- 作曲:キタニタツヤ
- 編曲:キタニタツヤ
- リリース日:2025年9月5日(配信)
- 収録作品:配信シングル「カルチャー」
- タイアップ:なし(YouTube Music Weekend 10.0にてサプライズ公開)