「水を知らない魚のように」という不思議で詩的なフレーズから始まるSEKAI NO OWARIの「図鑑」。2025年7月16日に配信リリースされた本楽曲は、劇場アニメ『不思議の国でアリスと -Dive in Wonderland-』の主題歌として書き下ろされました。作詞をSaori、作曲をNakajinが担当し、メンバーからも「新境地」と評された本楽曲。歌詞には「シロクマ」「ライオン」「サボテン」「ペンギン」「ペリカン」「蛍」など、本来いるはずのない場所に置かれた生き物たちが次々と登場します。なぜこれほど多くの”場違いな生き物”が歌われているのでしょうか。今回は、この楽曲に込められたメッセージを歌詞から丁寧に紐解いていきます。
アーティスト・楽曲情報
SEKAI NO OWARIは、Fukase(Vo)、Nakajin(G/Sound Produce)、Saori(Piano)、DJ LOVE(DJ)の4人で2007年に結成された日本を代表するバンドです。2011年にメジャーデビューを果たし、「RPG」「Dragon Night」「Habit」など数多くのヒット曲を世に送り出してきました。ファンタジックな世界観と社会的なメッセージ性を兼ね備えた楽曲が特徴で、2022年には「Habit」で日本レコード大賞を受賞しています。
「図鑑」の制作は2024年10月頃にスタートしました。当時、Saoriは第二子の出産直後であり、メンバーの配慮から制作には関わらない予定でした。しかし、育児の合間にNakajinが作ったデモを聴いた際に歌詞のインスピレーションが湧き、自ら作詞を志願したといいます。Saori自身は「新しいものが書けた」「自分が書けなくてもいいという安心感から自由な発想が生まれた」と振り返っています。また、楽曲の起用にあたって「どうして自分は上手くできないのだろうと悩みもがく日々が、少しかわいく思える曲になったらいいな、と思っています」とコメントしています。
タイアップとなった劇場アニメ『不思議の国でアリスと -Dive in Wonderland-』は、2025年8月29日に公開されたP.A.WORKS制作の作品です。ルイス・キャロルの名作『不思議の国のアリス』を日本で初めて劇場アニメ化した本作は、就職活動に行き詰まり周囲に合わせることに疲れた大学生・安曇野りせが”不思議の国”に迷い込み、少女アリスと共に旅をする中で自分らしさを見つけていく物語です。「図鑑」のタイトルは、Saoriがこの映画の主人公が困難に立ち向かう姿をファンタジックに描こうとした際、「環境が合っていなくて、生きているだけで大変な生き物の姿」がたくさん浮かんだことから名付けられました。
考察①:「水を知らない魚」が映す、当たり前を感じられない僕ら
水を知らない 魚のように
今あるものには 鈍感な僕ら
ありのままじゃ いられなかった
自分だけ違う図鑑の生き物みたいに
楽曲の冒頭で提示されるのは、「水を知らない魚」という逆説的なイメージです。魚にとって水は生命そのものであるにもかかわらず、あまりに当然の存在ゆえにその価値に気づけない。これは私たちが日常の中で、すでに手にしているものの大切さに鈍感になってしまう姿を映し出しているのではないでしょうか。
さらに注目すべきは「ありのままじゃいられなかった」というフレーズです。ありのままの自分でいたいという願いと、それが許されない現実の間に横たわる苦しみ。「自分だけ違う図鑑の生き物みたいに」という表現は、周囲と同じようにしているのにどこか馴染めない疎外感を、既存のカテゴリーに収まらない生き物に例えて描いています。ここに、タイアップ映画の主人公・りせが抱える「みんなと同じようにしているのに、なぜかうまくいかない」という悩みが重なります。多くの人が一度は感じたことのある「自分はどこにも属していないのでは」という不安を、Saoriは見事に詩的な言葉へと昇華しています。
考察②:「茹だる夏に生きるシロクマ」が教えてくれる、場違いな場所で懸命に生きる姿
枯れていって 膝をついた
それでも日々を続ける 僕らまるで
茹だる夏に生きるシロクマ
闇に咲く花
「枯れていって膝をついた」という表現には、心身ともに消耗しながらも立ち上がれない状態が凝縮されています。それでも日々は続いていく。その姿を歌詞は「茹だる夏に生きるシロクマ」と「闇に咲く花」に喩えます。
本来、北極の氷上で暮らすシロクマが灼熱の夏を生きること。光の届かない闇の中で花が咲くこと。どちらも本来あり得ない、環境と存在のミスマッチです。しかし、ここで描かれているのは悲壮感だけではありません。たとえ場違いであっても、その場所で生き続けている強さと健気さが同時に表現されているのではないでしょうか。Saoriが語った「悩みもがく日々が、少しかわいく思える曲に」というコメントは、まさにこの表現に表れています。苦しみを否定するのではなく、そんな自分を少し愛おしく思えるような眼差しがここにはあります。
考察③:「呼吸する為の空気が目減りする」に込められた生きづらさの正体
呼吸する為の空気が目減りする中で
居場所を探している そんな生き物なんだ
図鑑にはいない僕と君は
サビで繰り返される「呼吸する為の空気が目減りする」という表現は、この楽曲の核心とも言えるフレーズです。呼吸とは生きるための最も基本的な行為であり、その空気が減っていくという描写は、現代社会における息苦しさや生きづらさを象徴していると考えられます。就職活動や人間関係の中で、自分の居場所が少しずつ奪われていく感覚。自由に呼吸することさえ難しいと感じる瞬間。
そして、ここで初めて「図鑑にはいない僕と君」というタイトル回収が訪れます。図鑑とは、生き物を分類し、名前をつけ、あるべき場所を定義するものです。しかし「僕と君」はそのどのページにも載っていない。これは、既存の枠組みでは定義できない存在であることの宣言であり、同時にそれは孤独であると同時に自由であることを意味しているのではないでしょうか。
考察④:「銀世界駆けるライオン」と「水中のサボテン」が示す、あり得ない場所に咲く個性
銀世界駆けるライオン
水中のサボテン
呼吸する為の空気が少ないんだったら
あざみの綿毛のように 飛んでゆけ どこまでも
根を張る場所を探し求めて
1番のサビ後半では、さらにユニークな”場違いな生き物”が登場します。銀世界、つまり雪原を駆けるライオン、水中に存在するサボテン。サバンナの王者であるライオンが銀世界を走り、乾燥地帯の植物であるサボテンが水中にいる。これらは生物学的にはあり得ない光景ですが、だからこそ強烈な印象を残します。
注目すべきは「呼吸する為の空気が少ないんだったら」からの展開です。ここで歌詞は、環境が合わないことを嘆くのではなく、「飛んでゆけ」という行動の提案へと転換します。その象徴として選ばれたのが「あざみの綿毛」。あざみの綿毛は風に乗ってどこまでも飛び、やがて新たな土地に根を張ります。居場所がないなら、自分で探しに行けばいい。この力強いメッセージが、ファンタジックなイメージの中に静かに息づいています。
考察⑤:「ありのままで貴方は十分だわ」という美しい欺瞞への問い
光を知らない 花のように
手にしたものには 傲慢な僕ら
ありのままで 貴方は十分だわ
そんな欺瞞がこの街を美しく飾ったけど
飢えていって 渇いていった
2番の冒頭は1番と対をなす構造になっています。1番が「水を知らない魚」だったのに対し、2番は「光を知らない花」。光合成ができなければ花は生きられないのに、その光の存在に気づかない。1番では「今あるものに鈍感」だった僕らが、2番では「手にしたものに傲慢」へと変化しています。同じ鈍感さでも、その質が深まっているのです。
さらに鋭いのは「ありのままで貴方は十分だわ」を「欺瞞」と断じている点です。近年、「ありのままでいい」という言葉は社会に広く浸透していますが、Saoriはこの美しい言葉が時に表面的な慰めに過ぎないことを指摘しています。現実には「ありのまま」では生きていけない人々がいて、そうした言葉が却って苦しみを覆い隠してしまうことがある。この街を美しく飾る欺瞞だと名指しする勇気は、作詞家としてのSaoriの「新境地」と呼ぶにふさわしい視点ではないでしょうか。
考察⑥:「電線にとまったペリカン」「大都会の蛍」が響かせる、都市に生きる僕らの叫び
雷鳴の空飛ぶコウモリ
炎天下のペンギン
居場所を探している そんな生き物同士
出会ったのかな 僕と君は
電線にとまったペリカン
大都会の蛍
この街で暮らす僕らの呼吸をする音
確かに存在してる ここにいるって叫んでる
2番のサビでは、「場違いな生き物」のモチーフがさらに展開されます。雷鳴の空を飛ぶコウモリ、炎天下のペンギン、電線にとまったペリカン、大都会の蛍。特に後半の二つは、自然界の生き物が都市空間に紛れ込んだイメージであり、現代社会を生きる私たちの姿がより直接的に重ねられています。
ここで重要なのは、1番では「そんな生き物なんだ」と自分たちの状況を受け入れるだけだったのが、2番では「そんな生き物同士、出会ったのかな」と、孤独の中に連帯が生まれている点です。同じように場違いな存在同士が出会い、互いの存在を認め合う。そして「この街で暮らす僕らの呼吸をする音、確かに存在してる、ここにいるって叫んでる」という力強い宣言へとつながります。居場所がなくても、呼吸をしている限り、私たちは確かにここにいる。その事実そのものが、存在の証明なのだという深い肯定が歌われています。
独自の視点:「図鑑」とアリスの不思議な国の共鳴
この楽曲を深く味わううえで見逃せないのが、タイアップ映画『不思議の国でアリスと』との構造的な共鳴です。ルイス・キャロルの原作『不思議の国のアリス』は、常識が通用しない世界で自分のアイデンティティを問い続ける物語であり、「図鑑」が描く”既存のカテゴリーに収まらない存在”というテーマと深く響き合います。
また、歌詞に登場する生き物たちの配置にも巧みな構成が見られます。1番では自然界の異世界的イメージ(シロクマ、ライオン、サボテン)が中心ですが、2番に進むにつれて都市の中の生き物(ペリカン、蛍)へと近づいていきます。これはリスナーの視点を「遠い寓話」から「自分たちの物語」へと引き寄せる効果を持っていると言えるでしょう。さらに、Saoriの作詞スタイルについてFukaseが過去のインタビューで「僕の歌詞は”語り”だけど、Saoriの歌詞は詩的」と評していることを踏まえると、この楽曲はまさにSaoriの詩的感性が最大限に発揮された一曲と考えられます。
まとめ
「図鑑」は、居場所のない生き物たちの姿を通じて、現代社会における生きづらさと、それでもなお生き続けることの美しさを描いた楽曲です。「茹だる夏に生きるシロクマ」から「大都会の蛍」まで、本来いるはずのない場所で懸命に呼吸する生き物たちの姿は、私たち自身の写し鏡にほかなりません。
Saoriが綴った歌詞は、安易な「ありのままでいい」という慰めを退けながらも、「あざみの綿毛のように飛んでゆけ」と新たな居場所を探す勇気を静かに差し出しています。そして何より、同じように苦しむ「僕と君」が出会えたという小さな奇跡こそが、この楽曲最大の希望ではないでしょうか。
ぜひ、歌詞に登場する一つひとつの生き物たちに自分自身を重ねながら聴いてみてください。「図鑑のページに風が吹いていく」というラストの一節が、きっとあなたの背中をそっと押してくれるはずです。あなたはこの歌詞をどう解釈しますか?
楽曲情報
- 曲名:図鑑
- アーティスト:SEKAI NO OWARI
- 作詞:Saori
- 作曲:Nakajin
- 編曲:SEKAI NO OWARI
- リリース日:2025年7月16日(配信)/ 2025年9月3日(CDシングル)
- 収録作品:ダブルA面シングル『琥珀/図鑑』
- タイアップ:劇場アニメ『不思議の国でアリスと -Dive in Wonderland-』主題歌