名前も知らない。話したこともない。それなのに「誰よりも君のこと考えてる」と言い切ってしまう。2025年6月25日に配信リリースされたSHISHAMOの新曲「君に聞きたいひとつのこと」は、片想いの初期衝動をここまで生々しく、それでいてポップに描き切った稀有な一曲だ。恋愛ソングを得意とするSHISHAMOが、活動終了を控えた時期にリリースしたこのラブソングには、バンドとしての矜持と、ソングライター宮崎朝子ならではの鋭い観察眼が詰まっている。
アーティスト・楽曲情報
SHISHAMOは、宮崎朝子(Gt/Vo)、松岡彩(Ba)、吉川美冴貴(Dr)による3ピースロックバンド。2010年に神奈川県川崎市の高校軽音楽部で結成され、2013年にアルバム『SHISHAMO』でデビューした。「君と夏フェス」「明日も」などの代表曲を持ち、2017年にはNHK紅白歌合戦に出場。等身大の恋愛を描く歌詞と、透明感のあるボーカルで幅広い世代から支持を集めてきた。
「君に聞きたいひとつのこと」は、通算29作目のシングルとして2025年6月25日に配信リリースされた。作詞・作曲は宮崎朝子、編曲はSHISHAMO。名前も知らない相手への片想いを描いたラブソングで、MVでは宮崎自身がカフェに通い詰める主人公を演じている。本楽曲について宮崎本人からの詳細なコメントは発表されていないが、彼女が一貫して描いてきた「恋の手前」の感情が、ここでひとつの到達点に達している。
考察①:「気持ち悪くない?私」が切り拓く片想いの語り口
私名前も知らないけど
きっと誰よりも君のこと考えてる
すごくない?それ。
気持ち悪くない?私。
やばくない?私。
引かないで
ちょっと好きすぎるだけだから
冒頭から畳みかける自問自答。この歌い出しが異質なのは、片想いの甘さではなく「自分の感情に対する客観視」から始まっている点にある。「すごくない?」「気持ち悪くない?」「やばくない?」という三連の問いかけは、恋に落ちた自分を外側から眺め、その異常さを正確に認識している証拠だ。しかも語尾の「?」が全て自分に向いている。相手のことを歌っているはずなのに、主語はすべて「私」。恋とは結局、相手ではなく自分の内側で起きている現象だということを、冒頭6行で暴いてしまっている。「引かないで」の一言が、この独白が脳内の一人芝居であることを裏切る。聞いてほしい誰かがいる。その切実さが、ユーモラスな語り口の奥から滲んでくる。
考察②:「ほんの2~3分」に凝縮された距離の測り方
ほんの2~3分 おしゃべりしてみたい
君のことたくさん知りたいから
まずはここから始めよう
「たくさん知りたい」と言いながら、求めるのは「ほんの2~3分」。この数字の選び方が絶妙だ。5分でも10分でもなく、2~3分。レジで会計する間、エレベーターで一緒になる間、すれ違いざまに言葉を交わす間。日常の隙間に収まるギリギリの時間を、主人公は正確に見積もっている。「たくさん知りたい」という欲望と「2~3分でいい」という自制のあいだで揺れるこの感覚は、相手との関係性がまだゼロに近いからこそ成立する。MVでカフェに通い詰める主人公の姿と重ねると、この「2~3分」は注文のやりとりに費やされるリアルな体感時間だろう。「まずはここから始めよう」の「まずは」に、この距離を少しずつ詰めていきたいという慎重な決意がにじむ。
考察③:「しょーもなかったらどうしよう」という恐怖の正体
君が普段どんな音楽聴くのか
知れたら少しは満たされるけど
しょーもなかったらどうしようねー
ああ、知りたくない気もするけれど
楽曲の核心がここで姿を現す。主人公が恐れているのは、相手に拒絶されることではない。相手の音楽の趣味が「しょーもなかった」場合、自分の恋心が揺らいでしまうことだ。つまり、相手を好きでいる理由がまだ「想像」で成り立っていることを、主人公自身が分かっている。「知りたくない気もする」は、シュレーディンガーの猫のような心理だ。観測しなければ、相手は自分の理想のままでいてくれる。この一節は恋愛の残酷な本質を突いている。好きな相手を「知る」ことは、好きでいられなくなるリスクと常に隣り合わせなのだ。「しょーもなかったら」の口語的な脱力感が、深刻さを和らげつつも本音を隠さない。宮崎朝子の歌詞が支持される理由は、こうした感情の機微を飾らない言葉で掬い取るところにある。
考察④:「でも聴いた瞬間好きになれたらいいな」が示す覚悟
生まれも育ちも違うから
きっと私たち合わないことだらけだよね
君の聴く音楽
私全く知らないかもしれない
でも聴いた瞬間好きになれたらいいな
考察③の「しょーもなかったらどうしよう」という恐怖に対する、主人公なりの回答がここにある。「合わないことだらけ」という前提をまず受け入れたうえで、「でも好きになれたらいいな」と踏み出す。この転換が鮮やかだ。注目すべきは「好きになる」の対象が「君」ではなく「君の聴く音楽」であること。相手そのものではなく、相手の好きなものを好きになりたいという願い。これは恋愛における最も誠実な歩み寄りの形だろう。自分の価値観を押しつけるのでもなく、相手に合わせるのでもなく、相手の世界に自ら飛び込もうとしている。「生まれも育ちも違う」という一行が、この歩み寄りに現実的な重みを加えている。
考察⑤:「今の所全部好きだよ」の”今の所”が持つ誠実さ
こんなにも知らないことだらけなのに
こんなにも好きだなんて不思議だよね
私なりに拾った全て
今の所全部好きだよ
笑顔も 歩き方も声も
でももっと知りたいの
「全部好き」と言い切らず、「今の所全部好き」と留保をつける。この三文字の挿入が楽曲の倫理観を象徴している。知らないことだらけの相手に対して「全部好き」と断言するのは、相手を一人の人間として見ていないことと紙一重だ。「今の所」は、まだ知らない部分への敬意であり、これから知っていく未来への余白でもある。「笑顔も歩き方も声も」と並べたのは、主人公が「拾った」情報が視覚と聴覚に限られていることの証明だ。会話すらしていないから、触れたものは外側だけ。だからこそ「でももっと知りたいの」が切実に響く。「拾った」という動詞の選択も鋭い。「集めた」でも「見つけた」でもなく、落ちているものをひとつずつ拾い上げるような、ささやかで必死な行為。
考察⑥:「あわよくばバンドが好きだったら尚良い」というバンドマンの祈り
君が普段どんな音楽聴くのか
突然聞いたら気持ち悪いかな
あわよくばバンドが好きだったら尚良い
尚、良い
この楽曲で最も印象的なフレーズだ。「あわよくばバンドが好きだったら尚良い」の後に、改行して「尚、良い」と繰り返す。この二度目の「尚、良い」は、もはや歌詞というより独り言に近い。心の中で念を押すように呟くその響きには、切実さとユーモアが同居している。そしてこのフレーズは、SHISHAMOの宮崎朝子が書いたからこそ成立する自己言及だ。バンドで生きてきた人間が、好きな人にも「バンドが好きであってほしい」と願う。それは単なる趣味の一致ではなく、自分の人生そのものを肯定してほしいという願いに近い。aikoが「カブトムシ」で恋の暴走を身体感覚に落とし込んだように、宮崎は「音楽の趣味」という文化的アイデンティティに恋のすべてを託している。
独自の視点:SHISHAMOが最後に描いた”恋の入口”
この曲を語るうえで見逃せないのは、SHISHAMOが2025年9月に活動終了を発表し、2026年6月に地元・川崎の等々力でラストライブを行うという事実だ。バンドの「完結」が決まった文脈で聴くと、「君が普段どんな音楽聴くのか」という問いは、単なる恋の質問を超えた重みを帯びる。
SHISHAMOはデビュー以来、片想いの切なさから両想いの喜び、失恋の痛みまで、恋愛のあらゆるフェーズを描いてきた。その中でこの曲が描くのは「恋が始まる前」、つまり最も原始的な段階だ。活動の終盤にあえてこの地点に立ち返ったことに、宮崎朝子のソングライターとしての矜持が見える。SHISHAMOの初期作「恋に落ちる音が聞こえたら」が恋の始まりの瞬間を捉えていたのに対し、この曲はその一歩手前、まだ音が鳴る前の静寂を描いている。そしてラスサビの「次に会えたら聞いてみようかな」が秀逸だ。曲中ずっと「聞きたい」と繰り返しながら、最後まで実際には聞けていない。この「未遂」の構造が、楽曲全体を片想いの純度の高い結晶にしている。
まとめ
「君に聞きたいひとつのこと」は、「普段どんな音楽聴くの?」というシンプルな一言に、片想いの興奮、不安、自覚、覚悟のすべてを詰め込んだ楽曲だ。名前も知らない相手への一方的な想いを、自虐的な笑いと鋭い自己認識で包みながら、最後まで「聞けないまま」終わるという構造が、この曲をただのラブソングで終わらせない。
宮崎朝子は、恋愛の最も些細な瞬間を拡大して見せることに長けたソングライターだ。「音楽の趣味を聞く」という行為を恋の一大イベントにまで昇華させる手腕は、10年以上にわたって恋愛を描き続けてきた彼女だからこそ成し得たものだろう。活動終了が近づくSHISHAMOが、原点回帰のような瑞々しい片想いソングを届けてくれたことに、感謝と敬意を送りたい。ぜひ、自分が誰かを好きになった最初の瞬間を思い出しながら聴いてみてほしい。
楽曲情報
- 曲名:君に聞きたいひとつのこと
- アーティスト:SHISHAMO
- 作詞:宮崎朝子
- 作曲:宮崎朝子
- 編曲:SHISHAMO
- リリース日:2025年6月25日
- 収録作品:配信限定シングル(GOOD CREATORS RECORDS / UNIVERSAL SIGMA)