「どうしても あぁ どうしても」——この繰り返しが、聴く者の胸に深く突き刺さる楽曲「どうしてもどうしても」。back numberが2025年12月27日に配信リリースしたこの楽曲は、NHKウインタースポーツテーマソングとして書き下ろされた一曲です。2026年2月に開幕するミラノ・コルティナオリンピック、そしてパラリンピックの放送でも使用されるほか、第76回NHK紅白歌合戦でも披露され、大きな話題を呼びました。
アスリートの闘志を鼓舞するだけでなく、日々を懸命に生きるすべての人の背中を押すようなこの楽曲。今回は、歌詞に込められたメッセージを一つひとつ紐解いていきます。
アーティスト・楽曲情報
back numberは、清水依与吏(Vo/G)、小島和也(B/Cho)、栗原寿(Dr)の3人からなるロックバンドです。2004年に群馬県で結成され、2011年にシングル「はなびら」でメジャーデビューを果たしました。「高嶺の花子さん」「クリスマスソング」「水平線」など数々のヒット曲を世に送り出し、これまでに30曲がストリーミング1億回再生を突破。美しいメロディと心に寄り添う歌詞で幅広い世代から支持を集め、2023年には初の5大ドームツアーを全公演完売させるなど、名実ともに日本の音楽シーンを代表するバンドです。
「どうしてもどうしても」は、NHKウインタースポーツテーマソングとして清水依与吏が書き下ろした楽曲です。制作にあたり清水は、「最高峰のアスリートが集い、挑み、鎬を削る瞬間の輝きにも、頑張れる時ばかりではないけれどどうにも諦めきれずに足掻き続ける人間が辿り着く煌めきにも、同じ距離で熱く、優しく鳴ってほしいと願いながら楽曲を制作しました」とコメントしています。さらに、「競技者を志しながらも挫折し『頑張れなかった人間なんだ』と今もうずくまっている学生時代の自分に、『形も違うし時間もかかったけれど、君の目指したものに関わらせてもらえることになったよ。分からないものだね』と伝えてあげたいと思っています」と、自身の経験に根ざした想いも明かしています。
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考察①:「はじまりはもう思い出せない」——遠く輝く原点の記憶
はじまりはもう思い出せない
それは とてもドラマチックで
だけど 名前をつけてしまえば
なりゆきだったような
楽曲の冒頭は、何かを始めた「原点」の記憶から幕を開けます。夢を追いかけ始めたきっかけ、あるいは一つの道を歩み始めた瞬間。それは当時の本人にとって劇的な出来事だったはずですが、振り返ってみると不思議と輪郭がぼやけているという感覚が描かれています。「名前をつけてしまえば なりゆきだったような」という表現は、運命的だと信じていたことも、冷静に言語化すれば偶然の連なりに過ぎなかったと気づく、大人の視点を示しているのではないでしょうか。これは清水依与吏自身のバンド人生——群馬の片隅で音楽を始めた原点にも重なるように感じられます。
考察②:「何も知らないあの日」——無知ゆえの勇気と、今の重み
出来るかも なんて思えたのは
何も知らないあの日だからで
今じゃ どれも とても眩しく
遠く 尊く 思う
「出来るかも」と思えたのは、困難も苦しみも知らなかったからこそだと語り手は振り返ります。何も知らなかったあの頃の自分の無邪気さが、今では「眩しく、遠く、尊い」ものとして映っている。この4行には、長い道のりを歩んできた人間だけが感じ得る感慨が凝縮されています。「眩しく」「遠く」「尊く」と形容詞が三つ重ねられる構造は、かつての自分への複雑な感情——懐かしさ、羨望、そして敬意——を一度に伝えていると考えられます。これはアスリートにとっても、「あの頃の夢中だった自分」への想いと重なる普遍的な感覚ではないでしょうか。
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考察③:「僕だけの理由を燃やして灯す」——喪失から生まれる光
失くしたり 見付けたり 貰えたりした
僕だけの理由を燃やして灯したそのあとで
この楽曲で最も印象的なフレーズの一つが「燃やして灯した」という表現です。「失くしたり 見付けたり 貰えたりした」という言葉が示すのは、人生の中で経験するさまざまな出来事——挫折、発見、そして誰かからの優しさ。それらすべてが「僕だけの理由」となり、その理由を「燃やして」初めて光が灯るのだと歌っています。ここには、何かを手に入れるためには何かを犠牲にしなければならないという覚悟が込められていると考えられます。理由を「持つ」のではなく「燃やす」という表現に、自分の経験や感情を燃料のように注ぎ込み、前に進むための灯火に変える力強い意志が感じられます。
考察④:「ご褒美は大丈夫だよ」——自分への宣言
どうしても あぁ どうしても
残ったのはそれだけ
ご褒美は大丈夫だよ
ここに掴みに来たんだ
すべてを燃やして灯した後に残ったものは、「どうしても」という消えない渇望だけ。理屈や計算を超えた、抑えきれない想い。タイトルにもなっている「どうしてもどうしても」という言葉の繰り返しは、理性では説明できない衝動の強さを体現しています。そして「ご褒美は大丈夫だよ」という一節は非常に印象的です。これは「報われなくてもいい」という諦めではなく、「ご褒美は自分で掴みに行くから心配しないで」という、受動的な期待を拒否し能動的に未来を掴み取ろうとする宣言と読み取れるのではないでしょうか。ご褒美を「もらう」のではなく「掴みに来た」と表現するところに、清水依与吏の歌詞の真骨頂があります。
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考察⑤:「偶然と普通を積み重ねて」——日常が奇跡に変わる時
雨の日も強い風の日でも
偶然と普通を積み重ねて
これがいつかどこにもない
奇跡に変わるように
1番のサビの後半で描かれるのは、華やかな成功ではなく、地道な積み重ねの美しさです。「雨の日も強い風の日でも」という表現は、逆境や困難の日々を指し、同時にウインタースポーツの厳しい環境とも重なります。そして「偶然と普通を積み重ねて」という言葉がこの楽曲の核心の一つと考えられます。特別な才能や劇的な転機ではなく、偶然の巡り合わせと日常の地道な努力を積み上げることが、やがて「どこにもない奇跡」に変わるのだというメッセージ。これは、日々の練習を繰り返すアスリートの姿にも、毎日を懸命に生きる私たちの姿にも通じる普遍的な真理ではないでしょうか。
考察⑥:「渇きを目印にして」——欲しいものは変わらない
貫いたり 真似したり 自惚れたりした
僕だけの正解を燃やして灯したそのあとでも
どうしても あぁ どうしても
欲しいものは同じで
渇きを目印にして
ここに掴みに来たんだ
2番では、「理由」が「正解」に変わります。自分なりの信念を貫いたり、時には他者を真似たり、うぬぼれたりもしながら辿り着いた「僕だけの正解」。それすらも燃やして灯した後に残るのは、やはり「どうしても欲しいもの」への渇望です。「渇きを目印にして」という表現は秀逸で、満たされない想いそのものが人生の羅針盤になるという逆説的な真理を突いています。普通なら「渇き」はネガティブなものですが、ここではそれが道しるべとなり、自分を正しい場所へ導いてくれる存在として描かれています。
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考察⑦:「この瞬間は僕の番だ」——物語の中の自分の出番
努力と結末が
繰り返される物語の
ほんの一部だとしたって
この瞬間は僕の番だ
楽曲のクライマックスとも言えるこのパートでは、視野が一気に広がります。世界には無数の「努力と結末」の物語があり、自分の人生はそのほんの一部に過ぎない。しかし、だからこそ「この瞬間は僕の番だ」と力強く宣言するのです。この視点は非常にback numberらしく、卑下でも傲慢でもない、等身大の覚悟を示しています。オリンピックという舞台に立つアスリートにとって、まさに「この瞬間は僕の番だ」という感覚はリアルなものでしょう。そしてそれは、アスリートに限らず、大事なプレゼンや試験、勝負の瞬間に臨むすべての人が感じる普遍的な緊張と決意に通じるものがあるのではないでしょうか。
考察⑧:「出会いよ 別れよ あの日見た未来よ」——すべてを引き受ける覚悟
出会いよ 別れよ
あの日見た未来よ
僕はここだ
逃げも隠れもしない
ここで語り手は、自分の人生を構成するすべての要素に呼びかけます。「出会いよ 別れよ あの日見た未来よ」という呼びかけは、過去の経験のすべてを自分の一部として受け入れ、正面から向き合おうとする姿勢の表れです。そして「僕はここだ 逃げも隠れもしない」という宣言は、過去の自分が思い描いた未来に対する責任でもあるのではないでしょうか。清水依与吏のコメントにあった「学生時代の自分に伝えてあげたい」という言葉と重ねると、この一節がより切実に響きます。かつて夢見た場所にたどり着いた自分が、逃げずにそこに立ち続けるという決意。それは清水自身が音楽人生で体現してきた姿そのものとも言えるでしょう。
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考察⑨:「ひとつだけの人生を燃やして灯す」——ラスサビに込められた集大成
抱きしめて 壊したり 直したりした
ひとつだけの人生を燃やして灯したそのあとで
どうしても あぁ どうしても
残ったのはそれだけ
ご褒美は大丈夫だよ
ここに迎えに来たんだ
ラストサビでは、1番の「僕だけの理由」、2番の「僕だけの正解」が「ひとつだけの人生」へと昇華されます。この三段階の変化は楽曲の構成として見事で、個別の動機から人生全体へとスケールが広がっていく設計になっています。「抱きしめて 壊したり 直したりした」という言葉は、人生そのものとの格闘を表現しており、大切にしたいのに壊してしまうこと、それでも修復しようとする営みが凝縮されています。そして1番では「掴みに来たんだ」だった表現が「迎えに来たんだ」に変化している点も重要です。「掴む」が能動的な獲得を意味するのに対し、「迎える」にはすでにそこにあるものを受け止めるニュアンスが含まれます。長い道のりの果てに、ご褒美は「掴む」ものから「迎える」ものへと変わった——これは成熟と信頼の表れではないでしょうか。
考察⑩:「光よすべて集まれ」——最後の一行が照らす未来
光よすべて集まれ
この瞬間は僕の番だ
楽曲の最後を飾るこの2行は、それまでの内省的な歌詞から一転して、外に向かって解き放たれるような力強さを持っています。「光よすべて集まれ」という呼びかけは、自分の中の光だけでなく、周囲のすべての光——応援、声援、仲間の存在——をも引き寄せようとする祈りのようです。そして再び「この瞬間は僕の番だ」と繰り返されることで、楽曲全体が「自分の番」を全うする決意で締めくくられます。ウインタースポーツの舞台に立つ選手たちが、まさにスタートラインに立つ瞬間の高揚と重なる、美しいラストです。
独自の視点:清水依与吏の「挫折した競技者」としての視座
この楽曲を考察する上で見逃せないのは、清水依与吏自身が「競技者を志しながらも挫折した」経験を持つという点です。中学時代にはリレーの全国大会で8位に入賞し、高校ではやり投げや走り幅跳びに取り組んでいたという清水。スポーツの世界で花開くことはなかったものの、その経験が音楽という形で結実し、ウインタースポーツのテーマソングという形でスポーツの世界と再び交わることになりました。
この背景を知ると、歌詞に登場する「燃やして灯す」という行為が、単なる比喩ではなく、自らの挫折や経験を燃料にして新たな道を照らしてきた清水自身の生き方そのものに思えてきます。また、歌詞全体を通して「才能」や「勝利」ではなく「渇き」や「積み重ね」が繰り返し強調されている点にも、清水の哲学が色濃く反映されていると言えるでしょう。
まとめ
「どうしてもどうしても」は、理屈を超えた「消えない渇望」こそが人間を前に進ませる力であることを、力強く、そして優しく歌い上げた楽曲です。1番では「僕だけの理由」を、2番では「僕だけの正解」を、そしてラストでは「ひとつだけの人生」そのものを燃やして灯すという三段構成で、個人的な動機が普遍的な人生讃歌へと昇華されていく構成は、清水依与吏の作詞家としての円熟を感じさせます。
アスリートへの応援歌であると同時に、日常を懸命に生きるすべての人へのエール。「ご褒美は大丈夫だよ」という言葉に込められた、受動的な期待ではなく能動的に未来を迎えに行く姿勢は、聴く人それぞれの「どうしても譲れないもの」を思い起こさせてくれるのではないでしょうか。
ぜひ、あなた自身の「どうしても」を思い浮かべながら、この楽曲に耳を傾けてみてください。きっと、日々の積み重ねが「どこにもない奇跡」に変わる瞬間を信じられるようになるはずです。
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楽曲情報
- 曲名:どうしてもどうしても
- アーティスト:back number
- 作詞:清水依与吏
- 作曲:清水依与吏
- 編曲:back number
- リリース日:2025年12月27日
- 収録作品:配信シングル「どうしてもどうしても」
- タイアップ:NHKウインタースポーツテーマソング(ミラノ・コルティナ2026オリンピック・パラリンピック放送使用曲)