どうしてもどうしても

どうしてもどうしても

back numberback number
作詞:清水依与吏 作曲:清水依与吏
歌詞考察2026.01.30

どうしてもどうしても【back number】歌詞の意味を考察!諦めきれない想いが灯す夢への執念とは

「はじまりはもう思い出せない それは とてもドラマチックで」——そんな印象的なフレーズで幕を開けるback numberの新曲「どうしてもどうしても」。NHKウインタースポーツテーマソングとして2025年12月27日に配信リリースされ、第76回NHK紅白歌合戦でも披露されたこの楽曲は、2026年2月開幕のミラノ・コルティナオリンピック・パラリンピックの放送でも使用されることが決定しています。

アスリートの挑戦に寄り添うテーマソングでありながら、夢を追いかける全ての人の心に響く普遍的なメッセージが込められた本曲。清水依与吏(Vo・G)が「大事で大事で仕方がない2曲」と語った楽曲のひとつとして、「水平線」と共に紅白で披露されました。

今回は、この楽曲に込められた「諦めきれない想い」の正体を、歌詞から丁寧に紐解いていきます。

アーティスト・楽曲情報

back numberは、清水依与吏(Vo・G)、小島和也(B・Cho)、栗原寿(Dr)の3人からなるスリーピースバンド。2004年に群馬県で結成され、2011年に「はなびら」でメジャーデビューを果たしました。「クリスマスソング」「高嶺の花子さん」「ハッピーエンド」など数々のヒット曲を生み出し、ストリーミング1億回再生を突破した楽曲は30曲を超える国民的バンドです。

「どうしてもどうしても」について、清水依与吏は公式コメントで次のように語っています。「最高峰のアスリートが集い、挑み、鎬を削る瞬間の輝きにも、頑張れる時ばかりではないけれどどうにも諦めきれずに足掻き続ける人間が辿り着く煌めきにも、同じ距離で熱く、優しく鳴ってほしいと願いながら楽曲を制作しました」。さらに「競技者を志しながらも挫折し『頑張れなかった人間なんだ』と今もうずくまっている学生時代の自分に、『形も違うし時間もかかったけれど、君の目指したものに関わらせてもらえることになったよ。分からないものだね』と伝えてあげたいと思っています」と、自身の体験を重ねた制作背景を明かしています。

考察①:「なりゆき」の中に宿った運命

はじまりはもう思い出せない
それは とてもドラマチックで
だけど 名前をつけてしまえば
なりゆきだったような

楽曲は、何かを始めた原点への回想から始まります。「はじまりはもう思い出せない」という一節には、夢中で走り続けてきた時間の長さと、その出発点が記憶の彼方に霞んでしまうほどの道のりの重みが感じられます。

興味深いのは「ドラマチック」と「なりゆき」という対比です。振り返ればドラマのように劇的だった出来事も、当時を思い返せば偶然の連続、いわば「なりゆき」に過ぎなかったのかもしれない——そんな冷静な自己分析が綴られています。しかし、この「なりゆき」という言葉には自嘲的なニュアンスはなく、むしろ運命の導きを受け入れるような穏やかさが漂います。

夢を追う人の多くは、最初から明確な目標があったわけではないでしょう。ふとしたきっかけ、偶然の出会い、なんとなくの興味——そうした「なりゆき」の積み重ねが、やがて人生を懸けた挑戦へと変わっていく。この冒頭部分は、そんな夢の原点を肯定的に捉え直す視点を提示しています。

考察②:「眩しい過去」に見る成長の証

出来るかも なんて思えたのは
何も知らないあの日だからで
今じゃ どれも とても眩しく 遠く 尊く 思う

続く歌詞では、過去の自分への眼差しが描かれます。「出来るかも、なんて思えた」のは「何も知らないあの日だから」——この言葉には、経験を積むことで見えてきた現実の厳しさと、それでもなお挑戦を続けてきた軌跡への複雑な感情が込められています。

「今じゃ どれも とても眩しく 遠く 尊く 思う」という表現が胸を打ちます。かつての無邪気な自分、根拠のない自信、怖いもの知らずだった頃の情熱——それらを「眩しい」「尊い」と形容するのは、成長した今だからこそできる振り返りです。

清水依与吏が語った「競技者を志しながらも挫折した学生時代の自分」へのメッセージとも重なるこの部分。何かを極めようとすればするほど、過去の自分の「知らなかったからこそできた挑戦」が輝いて見えるものです。しかしそれは後悔ではなく、むしろその純粋さへの敬意として歌われているのではないでしょうか。

考察③:「燃やして灯す」という自己犠牲の美学

失くしたり 見付けたり 貰えたりした
僕だけの理由を燃やして灯したそのあとで
どうしても あぁ どうしても
残ったのはそれだけ
ご褒美は大丈夫だよ
ここに掴みに来たんだ

サビに入ると、楽曲の核心が姿を現します。「僕だけの理由を燃やして灯した」という表現は、この曲の最も象徴的なフレーズと言えるでしょう。自分だけが持つ動機、誰にも言えない理由、心の奥底にある執念——それらを「燃やす」ことで「灯す」という逆説的な行為が描かれています。

何かを燃やせば、それは消えてしまう。しかし同時に、そこには光が生まれる。夢を追う過程で失ったもの、諦めざるを得なかったもの、それらを燃料にして灯した光——その光こそが、今も前に進む力になっているのです。

「どうしても あぁ どうしても」という繰り返しには、理屈では説明できない執念が宿っています。論理的に考えれば諦めた方がいいかもしれない。けれど、どうしても手放せない何かがある。それが「残ったのはそれだけ」という言葉に集約されています。

「ご褒美は大丈夫だよ」という一節は、独特の言い回しです。成功の見返りや報酬は求めていない、ただ「掴みに来た」——その能動的な姿勢こそが、夢追い人の本質を表しているのかもしれません。

考察④:「偶然と普通」が織りなす奇跡

雨の日も強い風の日でも
偶然と普通を積み重ねて
これがいつかどこにもない
奇跡に変わるように

貫いたり 真似したり 自惚れたりした
僕だけの正解を燃やして灯したそのあとでも
どうしても あぁ どうしても
欲しいものは同じで
渇きを目印にして
ここに掴みに来たんだ

2番に入ると、日々の積み重ねの尊さが歌われます。「雨の日も強い風の日でも」という比喩は、困難な状況下でも歩みを止めない姿勢を示しています。そして「偶然と普通を積み重ねて」という表現が印象的です。

「奇跡」という言葉は往々にして特別な才能や運命的な出来事を連想させますが、この曲では「偶然と普通の積み重ね」として描かれています。毎日の地道な努力、予期せぬ出会い、何気ない日常——それらが重なり合って、いつか「どこにもない奇跡」へと変わる。アスリートの世界でも、音楽の世界でも、あらゆる分野において、この真理は変わらないのではないでしょうか。

2番のサビでは「僕だけの理由」が「僕だけの正解」に変わり、「貫いたり 真似したり 自惚れたりした」という試行錯誤が描かれます。正解のない道を歩む中で、時に信念を貫き、時に他者を参考にし、時に自分を信じすぎて失敗もする——そんなリアルな挑戦の姿が浮かび上がります。

「渇きを目印にして」という表現も秀逸です。満たされない想い、まだ届かないもの——その「渇き」こそが、前に進むための羅針盤になる。渇きを感じられるということは、まだ諦めていない証拠なのです。

考察⑤:「努力と結末」——物語の一部として

努力と結末が
繰り返される物語の
ほんの一部だとしたって
この瞬間は僕の番だ

Cメロで歌われるこの一節は、楽曲のクライマックスへと向かう転換点です。「努力と結末が繰り返される物語」——これはスポーツの世界に限らず、人間の営みそのものを象徴する言葉と言えるでしょう。

「ほんの一部だとしたって」という前置きには、謙虚さと覚悟が同居しています。自分の挑戦は、長い歴史の中のほんの一瞬かもしれない。偉大な先人たちの足跡、これから続く後輩たちの物語——その壮大な流れの中で、自分は「ほんの一部」に過ぎない。

しかし、だからといって諦める理由にはならない。「この瞬間は僕の番だ」——この宣言には、謙虚さを踏まえた上での強い意志が感じられます。歴史の一部であることを受け入れながらも、今この瞬間を全力で生きる。それがアスリートの、そして夢追い人の矜持なのではないでしょうか。

考察⑥:「出会いよ 別れよ」への宣誓

出会いよ 別れよ
あの日見た未来よ
僕はここだ
逃げも隠れもしない

大サビで歌われるこの部分は、楽曲の中でも最も力強いメッセージが込められています。「出会いよ 別れよ あの日見た未来よ」と呼びかける形式は、まるで自分の人生そのものに語りかけているかのようです。

出会いと別れ——夢を追う中で経験する様々な人間関係。支えてくれた人、去っていった人、ライバル、恩師。そして「あの日見た未来」とは、かつて思い描いた理想の自分、目指していた場所のことでしょう。

「僕はここだ 逃げも隠れもしない」という宣言は、シンプルながら圧倒的な強さを持っています。結果がどうであれ、今の自分はここにいる。過去から逃げない、現実から隠れない——その覚悟が、聴く者の背中を押してくれます。

考察⑦:「光よすべて集まれ」——ラストに込めた祈り

抱きしめて 壊したり 直したりした
ひとつだけの人生を燃やして灯したそのあとで
どうしても あぁ どうしても
残ったのはそれだけ
ご褒美は大丈夫だよ
ここに迎えに来たんだ

努力と結末が
繰り返される物語の
ほんの一部だとしたって
この瞬間は僕の番だ
光よすべて集まれ
この瞬間は僕の番だ

最後のサビでは、「僕だけの理由」「僕だけの正解」が「ひとつだけの人生」へと昇華されます。自分だけの動機、自分だけの答えを超えて、「唯一無二の人生そのもの」を燃やして灯してきた——その覚悟が歌われています。

「抱きしめて 壊したり 直したりした」という表現には、人生の浮き沈みが凝縮されています。大切にしてきたもの、一度は壊れてしまったもの、それでも修復しようとしたもの——その全てが「ひとつだけの人生」を形作っている。

そして「ここに掴みに来たんだ」が「ここに迎えに来たんだ」に変化します。能動的に「掴みにいく」姿勢から、「迎えにいく」姿勢へ。まるで、ずっと待っていた夢を、ようやく迎えに行ける日が来たかのような温かさが感じられます。

ラストの「光よすべて集まれ」は、祈りにも似た呼びかけです。今までの全ての経験、出会い、別れ、努力——それらが「光」となって、この瞬間に集まってくる。その光を浴びながら、「この瞬間は僕の番だ」と高らかに宣言する姿は、アスリートがスタートラインに立つ瞬間、あるいは夢の舞台に立つ瞬間そのものを彷彿とさせます。

独自の視点:「水平線」との双子的関係性

「どうしてもどうしても」を深く理解する上で、同じく紅白で披露された「水平線」との関係性は見逃せません。「水平線」は、コロナ禍でインターハイが中止となった高校生への手紙として書き下ろされた楽曲でした。

「水平線」が「報われなかった努力」への鎮魂歌的な側面を持つのに対し、「どうしてもどうしても」は「これから報われるかもしれない努力」への応援歌と言えるかもしれません。両曲に共通するのは、結果の如何に関わらず、挑戦そのものに価値を見出す姿勢です。

清水依与吏自身が「競技者を志しながらも挫折した」経験を持つことを考えると、これらの楽曲には深い共感と贖罪の想いが込められているのかもしれません。かつての自分に届けられなかった言葉を、今、同じように戦う人々に届けたい——そんな願いが、これらの楽曲を「大事で大事で仕方がない2曲」にしているのではないでしょうか。

まとめ

「どうしてもどうしても」は、夢を追う全ての人の心に寄り添う普遍的な応援歌です。アスリートへのエールでありながら、それは同時に、何かに挑戦し続ける全ての人への祝福でもあります。

「燃やして灯す」という逆説的な行為。失ったものを光に変え、渇きを羅針盤に、偶然と普通を奇跡に変えていく——その過程こそが、人生を豊かにするのだと、この曲は教えてくれます。

清水依与吏が学生時代の自分に伝えたかったメッセージは、きっと多くの人の心にも届くはずです。「形も違うし時間もかかったけれど、君の目指したものに関わらせてもらえることになったよ」——そう語りかけられる日を信じて、今日も「どうしても」を繰り返している全ての人へ。光よすべて集まれ、この瞬間はあなたの番です。

ぜひ、ミラノ・コルティナオリンピック・パラリンピックの放送と共に、この楽曲に込められた想いを感じながら聴いてみてください。

楽曲情報

  • 曲名:どうしてもどうしても
  • アーティスト:back number
  • 作詞:清水依与吏
  • 作曲:清水依与吏
  • 編曲:back number
  • リリース日:2025年12月27日
  • 収録作品:配信シングル
  • タイアップ:NHKウインタースポーツテーマソング(ミラノ・コルティナ2026オリンピック・パラリンピック)