「あなたが嫌いだった」——この衝撃的なフレーズで幕を開ける楽曲「Tamaki」。RADWIMPSが新海誠監督の映画『すずめの戸締まり』のために書き下ろした本楽曲は、2022年11月11日にサウンドトラックの一曲としてリリースされました。映画本編では使用されていない「インスパイアソング」でありながら、物語の核心に触れる深いメッセージが込められています。
野田洋次郎が新海監督から送られてきた脚本を読み、その感想を「ラブレター」のように綴ったというこの楽曲。環役を演じた深津絵里さんがアフレコ前にこの曲を聴きながら役作りをしたというエピソードからも、いかにこの楽曲がキャラクターの本質を捉えているかがうかがえます。今回は、この「Tamaki」に込められた複雑な感情の機微を、歌詞から丁寧に紐解いていきます。
RADWIMPSと『すずめの戸締まり』
RADWIMPSは2001年結成、2005年メジャーデビューの日本を代表するロックバンドです。野田洋次郎(Vo/Gt/Pf)を中心に、ジャンルにとらわれない多彩な音楽性と、恋愛から死生観までを哲学的に描く歌詞で幅広い層から支持を受けています。新海誠監督との『君の名は。』『天気の子』に続く3度目のタッグとなった『すずめの戸締まり』では、日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞しました。
「Tamaki」というタイトルは、映画に登場するキャラクター「岩戸環(いわとたまき)」の名前そのものです。環は主人公・鈴芽の叔母であり、東日本大震災で姉(鈴芽の母)を失った後、当時4歳だった鈴芽を引き取り、12年間にわたって育ててきた人物。野田洋次郎は本楽曲について、環が抱える「大切な存在に対する大好きと大嫌いの表裏一体の感情」が物語の中で重要な役割を果たしていると語り、その印象を素直に濾過しながら作詞にあたったことを明かしています。
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考察①:「嫌いだった」に込められた自己嫌悪
あなたが嫌いだった あなたが嫌いだった
憎まれ口ばっか叩いて変に背伸びして大人ぶるあなたがあなたさえいなければ あなたさえいなければ
そんなこと一刹那でも考える自分がもっと嫌いだった嫌いだった
冒頭から繰り返される「あなたが嫌いだった」という強烈な言葉。しかし、この歌詞の真髄は「嫌い」という感情そのものではなく、その後に続く「そんなこと一刹那でも考える自分がもっと嫌いだった」という一節にあります。
「憎まれ口ばっか叩いて変に背伸びして大人ぶる」という描写は、思春期特有の反抗的な態度を持つ姪・鈴芽の姿を想起させます。育ての親として懸命に向き合ってきたのに、素直にならない相手に対して苛立ちを覚えるのは、誰にでも起こりうる感情ではないでしょうか。
しかし、環は「あなたさえいなければ」という考えが頭をよぎること自体を、深く恥じています。「一刹那」というわずかな時間であっても、そう思ってしまう自分を許せない。この自己嫌悪こそが、環の愛情の深さを逆説的に証明しているのです。大切に思っているからこそ、ネガティブな感情を抱いてしまう自分を責めてしまう——多くの養育者が経験するこの葛藤を、野田洋次郎は見事に言語化しています。
考察②:悔しさの正体——努力と才能の対比
あなたを知りたかった あなたを知りたかった
私がいなくても平気よやっていけるわみたいなあなたが
あなたが悔しかった あなたが悔しかった
私の努力などどこ吹く風で愛されるそんなあなたが
ここでは、環の内面にあるもう一つの複雑な感情——「悔しさ」が浮き彫りになります。「私がいなくても平気よやっていけるわみたいなあなたが」という一節には、必死に育ててきたのに、その努力が報われていないように感じる切なさが滲んでいます。
「私の努力などどこ吹く風で愛されるそんなあなたが」という歌詞は特に胸に刺さります。環は姉を失った悲しみの中、自分の人生を犠牲にしてでも鈴芽を育てることを選びました。映画の中でも「女として大切な時期を犠牲にした」という想いを抱えていたことが描かれています。しかし鈴芽は、そんな環の努力とは関係なく、周囲から自然と愛される存在として成長していく。
この「悔しさ」は、嫉妬とは少し違います。愛しているからこそ、自分の存在意義を見失いそうになる不安。それでも「あなたを知りたかった」と、相手を理解しようとする姿勢を失わない環の姿が、この歌詞には描かれています。
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考察③:「誇りだった」——矛盾する感情の着地点
目の前のあなたの空は いつも違う色で
この世界で私だけ知ってる あなたがいることが誇りだった
嫌いだった、悔しかった——そんなネガティブな感情の連続から、突然「誇りだった」という言葉が現れます。この転換こそが、本楽曲の核心部分ではないでしょうか。
「目の前のあなたの空は いつも違う色で」という表現は非常に詩的です。鈴芽の心模様、感情の揺れ動きが、空の色に例えられています。晴れの日もあれば、曇りの日も、嵐の日もある。そんな移ろいやすい「あなた」の姿を、最も近くで見守ってきたのが環なのです。
「この世界で私だけ知ってる」という言葉には、12年間という歳月の重みが詰まっています。誰よりも長く、誰よりも深く、鈴芽という人間を見てきた自負。嫌いだと思う瞬間があっても、悔しいと感じることがあっても、その存在自体が「誇り」であるという確信。矛盾しているようでいて、これこそが本当の愛情の形なのかもしれません。
考察④:「鏡」としての存在——親子・恋人・他人
あなたは鏡だった あなたは鏡だった
あなたへの想いがそっくり私を映し思わず目を逸らした時に親子になった 時に恋人だった
時に家族で友達で姉妹で時に赤の 他人だった
このパートは、環と鈴芽の関係性の複雑さを象徴的に描いています。「あなたは鏡だった」という比喩は、相手を通して自分自身を見つめているという意味を含んでいます。
「あなたへの想いがそっくり私を映し思わず目を逸らした」——鈴芽に向ける感情を見つめることは、そのまま自分自身の内面と向き合うことでもあります。愛情、苛立ち、悔しさ、誇り。様々な感情が入り混じる自分の姿を、鈴芽という「鏡」を通して突きつけられるとき、人は思わず目を逸らしてしまうものです。
「時に親子になった 時に恋人だった 時に家族で友達で姉妹で時に赤の他人だった」という列挙は圧巻です。血の繋がった親子ではない環と鈴芽。しかしその関係は、定義不可能なほど多層的です。保護者として導く「親子」の関係、お互いを唯一無二の存在として想い合う「恋人」のような絆、日常を共に過ごす「家族」「友達」「姉妹」。そして時には、理解し合えない「赤の他人」のように感じる瞬間も。この関係性の変遷こそが、二人の絆の深さを物語っています。
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考察⑤:アンビバレンス——喜びも涙も見たい心理
あなたが喜ぶ顔をさ 見たいと思ってるよ
でもあなたが泣いてる姿も たまにどうしようもなく 見たくなるの
この歌詞は、愛情の持つアンビバレント(両価的)な性質を赤裸々に描いています。「喜ぶ顔を見たい」というのは、誰もが抱く自然な感情。しかし「泣いてる姿も見たくなる」という告白は、なかなか言葉にできないものです。
これは決して「相手を苦しめたい」という意味ではありません。相手が辛いときこそ、そばにいて支えたい。強がらずに弱さを見せてほしい。「私を頼ってほしい」という切実な願いの表れではないでしょうか。
「私がいなくても平気よやっていけるわみたいなあなたが」という先の歌詞と呼応して考えると、この一節の意味がより鮮明になります。いつも強気で、自分を必要としていないように振る舞う鈴芽。そんな彼女が涙を見せる瞬間は、環にとって「自分が必要とされている」と感じられる数少ない機会なのかもしれません。この複雑な心理を正直に描けることこそ、野田洋次郎の歌詞の真骨頂と言えるでしょう。
考察⑥:「光だった」——存在証明と愛の告白
あなたがいなくなったら なんにもなくなった
あなたこそが私がここに生きてた何よりの証拠だった私はあなたの中では 何色に見えてる?
ねぇ少しずつ二人の混ぜて 新しい色になろう伸ばしても届かない手で あなたに綴る歌
それでもあなたは間違いなく 私が生きてゆく光だった 光だった
楽曲のクライマックスとなるこのパートでは、これまでの複雑な感情がすべて一つの結論へと収束していきます。「あなたがいなくなったら なんにもなくなった」——この言葉には、鈴芽の存在が環の人生においていかに大きなものだったかが凝縮されています。
映画『すずめの戸締まり』は、東日本大震災の記憶を背景に持つ作品です。環もまた、姉を失った当事者の一人。その悲しみの中で鈴芽を育てることは、彼女自身の「生きる理由」でもあったのではないでしょうか。「あなたこそが私がここに生きてた何よりの証拠だった」という歌詞には、互いが互いの存在証明になっているという深い絆が表現されています。
「私はあなたの中では 何色に見えてる?」という問いかけは、冒頭の「嫌いだった」という感情への回帰でもあります。自分は相手にどう映っているのか。嫌われているのではないか、疎まれているのではないか。そんな不安を抱えながらも「少しずつ二人の混ぜて 新しい色になろう」と提案する環の姿には、これからも関係を築いていこうとする前向きな意志が感じられます。
そして最後の「あなたは間違いなく 私が生きてゆく 光だった」という告白。「嫌いだった」で始まったこの楽曲が、「光だった」で終わる。この構成自体が、愛と憎しみは表裏一体であり、どちらの感情も本物であることを示しています。
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「岩戸」という名前に込められた意味
映画のキャラクターの名字「岩戸」は、日本神話の「天岩戸(あまのいわと)」を想起させます。太陽神アマテラスが隠れた岩戸を開き、世界に光を取り戻すという神話。『すずめの戸締まり』が「扉を閉じる」物語であるのに対し、「Tamaki」は閉じた心の扉を少しずつ開いていく物語として読むこともできます。
また、「環」という名前自体にも「輪」「循環」という意味があります。終わりがなく続いていく関係、世代を超えて受け継がれる愛情——そんな意味がこの名前には込められているのかもしれません。
まとめ
「Tamaki」は、誰かを深く愛することの複雑さを描いた楽曲です。嫌いだと思う瞬間があること、悔しいと感じること、それでも相手の存在が自分の「誇り」であり「光」であること——これらは決して矛盾しているわけではありません。むしろ、そのすべてが本物の感情だからこそ、この楽曲は多くの人の心に響くのです。
野田洋次郎が新海監督の脚本を読んで書いたという「ラブレター」のような本楽曲。映画本編では使用されていないにもかかわらず、深津絵里さんが環の役作りに使用したというエピソードが、この楽曲の持つ力を証明しています。
あなたにとっての「あなた」は誰ですか? 嫌いだと思う瞬間があっても、悔しいと感じることがあっても、それは愛情の裏返しかもしれません。ぜひこの歌詞を噛みしめながら、大切な人との関係を見つめ直してみてください。RADWIMPSと新海誠監督のタッグが生み出した、珠玉の一曲です。
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楽曲情報
- 曲名:Tamaki
- アーティスト:RADWIMPS
- 作詞:野田洋次郎
- 作曲:野田洋次郎
- リリース日:2022年11月11日
- 収録作品:映画『すずめの戸締まり』サウンドトラック
- タイアップ:映画『すずめの戸締まり』インスパイアソング(劇中未使用)