「いつからだっけ」——そんな切ない問いかけから始まるこの楽曲。Saucy Dogのドラマー・せとゆいかが作詞・作曲・ボーカルを務める「へっぽこまん」は、2018年5月にリリースされた2ndミニアルバム『サラダデイズ』のCDボーナストラックとして初収録され、2023年12月には配信EP『はしやすめ』に収録されデジタルリリースされました。
一風変わったタイトルと温かみのあるサウンドの中に、報われない恋の切なさと、それでも消えない愛おしさが丁寧に紡がれています。実はこの曲、せとゆいかにとって「人生で初めて作った曲」であり、当時付き合っていた人への想いを綴った、ノンフィクションに近い楽曲なのです。
今回は、この楽曲に込められたメッセージを歌詞から丁寧に紐解いていきます。
アーティスト・楽曲情報
Saucy Dog(サウシードッグ)は、石原慎也(Vo, G)、秋澤和貴(B)、せとゆいか(Dr, Cho)からなる3ピースロックバンドです。2013年に結成され、2016年より現体制で活動をスタート。代表曲「いつか」「シンデレラボーイ」をはじめとする、等身大の恋愛を描いた楽曲で幅広い世代から支持を集め、2022年には『第73回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たしました。
「へっぽこまん」は、Saucy Dogのミニアルバムリリースごとの恒例となっている、せとゆいかがボーカルを務めるボーナストラック楽曲のひとつです。普段はボーカル・石原慎也の歌声がバンドの顔となっていますが、このボーナストラックではせとゆいかの素朴で温かみのある歌声が楽曲の世界観を彩っています。
2023年12月のSENSAによるインタビューで、せとゆいかはこの曲について「大学生の時に友人と作ったオリジナル曲」であり、「当時付き合っていた人の曲で、ノンフィクションに近い」と語っています。また、人生で初めて作った曲であること、2021年の日本武道館公演でも披露し、制作に関わった友人たちが観に来て「泣いた!」と言ってくれたエピソードも明かしています。石原慎也からは「この曲ええ曲やから」と評価されており、バンド内でも愛されている楽曲であることがうかがえます。
考察①:「いつからだっけ」——変化への気づきと戸惑い
いつからだっけ
ぼくの心があいつに囚われたのは
消してしまったって
なんて事ない事のはずなのに
楽曲は「いつからだっけ」という自問から始まります。この問いかけには、恋に落ちた瞬間を明確に覚えていないという戸惑いと、気づいたら深みにはまっていたという恋愛の本質が表現されています。
「ぼくの心があいつに囚われた」という表現からは、自分の意思とは関係なく惹かれてしまった状況が読み取れます。「囚われた」という言葉選びには、逃げられない、抜け出せないという苦しさが込められているのではないでしょうか。
「消してしまったって/なんて事ない事のはずなのに」という歌詞は、連絡先を消すこと、関係を断ち切ることを指していると考えられます。頭では「大したことない」とわかっているのに、実際には消せない。そんな理性と感情のギャップが、この冒頭部分で早くも提示されています。
考察②:「期待しては裏切られ」——報われない恋の反復
もう何回も期待をしては裏切られを繰り返し
隅っこの方でまた繰り返しまた繰り返す
願ったって望んだって
こっちを向いてはくれないって
もうわかったよ
「期待をしては裏切られを繰り返し」という歌詞には、片思いの苦しみが凝縮されています。相手の何気ない優しさや言動に期待を抱き、でも結局は振り向いてもらえない——そんな経験を「何回も」繰り返してきたことがうかがえます。
特に印象的なのは「隅っこの方で」という表現です。相手の視界に入っていない、存在感が薄い自分。それでも「また繰り返しまた繰り返す」と、諦めきれずに想い続けてしまう。この反復は、恋心の執着とも、純粋さとも取れる複雑な感情を表しています。
「もうわかったよ」という言葉は、諦めの表明のようでありながら、どこか自分に言い聞かせているような響きもあります。本当にわかっているなら、こんなに苦しまないはず。わかっているのに、やめられない——それが恋の厄介なところなのかもしれません。
考察③:「好きなあいつはへっぽこまん」——愛おしき呼び名の正体
好きなあいつはへっぽこまん
まわりの見えないへっぽこまん
夢中なことにだけ夢中になって
僕は映らない
サビで登場する「へっぽこまん」という言葉。「へっぽこ」は一般的に「不器用」「間抜け」「頼りない」といった意味を持ちますが、この楽曲での使われ方は単なる批判ではありません。
「まわりの見えないへっぽこまん」「夢中なことにだけ夢中になって」という歌詞からは、好きな人が何かに熱中していて、自分のことが視界に入っていない状況が描かれています。でも、その「夢中になれる」姿こそが魅力的だったのではないでしょうか。
「へっぽこまん」という呼び名には、怒りや恨みではなく、どこか愛おしさが込められています。周りが見えなくて、不器用で、自分のことを見てくれない——それでも好きなんだという、複雑で切ない感情。「僕は映らない」という一言に、その切なさが凝縮されています。
この絶妙なワードセンスは、せとゆいかならではの感性と言えるでしょう。批判的な言葉を愛称に変えてしまう、そんな優しさがこの楽曲全体を包み込んでいます。
考察④:「幸せじゃなくなってて」——恋の痛みへの気づき
いつからだっけ
好きの気持ちが幸せじゃなくなってて
消してしまうのも忘れるのも簡単なんだけど
2番でも「いつからだっけ」という問いかけが繰り返されます。しかし今度は「好きの気持ちが幸せじゃなくなってて」という、より深い苦しみへの気づきが語られます。
恋をすることは本来幸せなはずなのに、報われない恋は次第に苦痛に変わっていく。好きという気持ちそのものが、自分を苦しめるものになってしまう。この矛盾した状況に、主人公は戸惑いを感じています。
「消してしまうのも忘れるのも簡単なんだけど」という歌詞は、1番の「なんて事ない事のはずなのに」と対応しています。頭ではわかっている。簡単なはずなんだ。でも、実際にはできない。この「簡単なはずなのにできない」というジレンマが、片思いの本質を突いているように感じられます。
考察⑤:「もう要らないよ」——強がりの裏側にある本心
泣いたって泣いたって
結局何にも変わらないし
もう要らないよ
「泣いたって泣いたって/結局何にも変わらない」という歌詞には、どれだけ涙を流しても状況は変わらないという無力感が表れています。泣くことは感情の発露であり、本来は癒しにもなりうるもの。しかしこの主人公にとって、泣くことは何の解決にもならない、ただの繰り返しでしかないのです。
そして「もう要らないよ」という言葉。これは一見、相手への想いを断ち切る決意のようにも聞こえます。しかし、この後に続くサビで再び「好きなあいつはへっぽこまん」と歌われることを考えると、これは本心ではなく「強がり」なのではないでしょうか。
要らないと言いながら、まだ好き。諦めたふりをしながら、まだ想っている。この矛盾こそが、報われない恋のリアルな姿なのかもしれません。
考察⑥:「手を繋いで一緒に歩く」——ささやかな願いの切なさ
僕がそばを離れてもどうせ変わらないんでしょう?
手を繋いで一緒に歩く
それだけでよかったのに
そんな小さな願いすらもう叶わない
楽曲のクライマックスとなるこのパートでは、主人公の本音が露わになります。「僕がそばを離れてもどうせ変わらないんでしょう?」という問いかけには、自分がいなくても相手は何も感じない、という悲しい確信が込められています。
そして「手を繋いで一緒に歩く/それだけでよかったのに」という歌詞。特別なことを望んでいたわけではない。ただ手を繋いで歩きたかっただけ。このささやかな願いの美しさと、それすら叶わないという現実の残酷さが、聴く人の心を揺さぶります。
「そんな小さな願いすらもう叶わない」という最後の一行は、完全な諦めのようでありながら、その願いを「小さな」と形容することで、願い自体は今も消えていないことを示唆しています。叶わないとわかっていても、願うことはやめられない。それが恋というものなのかもしれません。
独自の視点:「へっぽこまん」に込められた優しさ
この楽曲の最大の特徴は、「へっぽこまん」という言葉選びにあります。報われない恋を歌う楽曲は数多くありますが、相手を「へっぽこまん」と呼ぶ曲はおそらくこれだけでしょう。
普通なら恨み言や批判になりそうな状況で、あえて愛おしさを込めた造語を使う。これは単なるワードセンスの問題ではなく、作者であるせとゆいかの人間性が表れているように思えます。
また、この曲がせとゆいかの「人生で初めて作った曲」であり、実体験に基づいているという背景を知ると、より深い感動があります。大学時代に友人たちと遊びで作った曲が、やがてSaucy Dogのボーナストラックとなり、日本武道館のステージで披露される——その物語自体が、音楽の持つ力を証明しています。
まとめ
「へっぽこまん」は、報われない恋の切なさを描きながらも、どこか温かみのある楽曲です。相手を責めるのではなく、愛おしいと思う気持ち。諦めようとしながらも、消えない想い。「それだけでよかったのに」という小さな願い。
これらの感情は、恋愛経験のある多くの人が共感できるものではないでしょうか。好きな人に振り向いてもらえない苦しみ、でもそれでも好きでいたいという矛盾。この楽曲は、そんな複雑な感情を「へっぽこまん」という一言に込めることで、聴く人の心に優しく寄り添ってくれます。
ぜひ、あなた自身の経験や想いを重ねながら、この楽曲を聴いてみてください。せとゆいかの温かい歌声と、等身大の言葉が、きっと心に響くはずです。
楽曲情報
- 曲名:へっぽこまん
- アーティスト:Saucy Dog
- 作詞:せとゆいか
- 作曲:せとゆいか
- ボーカル:せとゆいか
- 初収録:2ndミニアルバム『サラダデイズ』(2018年5月23日)CDボーナストラック
- 配信リリース:Bonus EP『はしやすめ』(2023年12月8日)