「窓の外 流れていく景色は 優しくて 色褪せないなあ」——穏やかで温かな書き出しから始まるこの楽曲は、Saucy Dogのドラマー・せとゆいかが作詞・ボーカルを務めた「いつもの帰り道」です。2021年8月25日リリースの5thミニアルバム「レイジーサンデー」にCDボーナストラックとして収録され、2023年12月8日にはBonus EP「はしやすめ」にて配信リリースされました。コロナ禍の中で家族に会えない切なさと、それでも「帰りたい」と思える場所がある幸せを描いた本曲は、多くのリスナーの涙を誘い、せとゆいか自身が「初めてノンフィクションの感情で書けた」と語る特別な一曲です。今回は、この楽曲に込められたメッセージを歌詞から丁寧に紐解いていきます。
アーティスト・楽曲情報
Saucy Dog(サウシードッグ)は、石原慎也(Vo, G)、秋澤和貴(B)、せとゆいか(Dr, Cho)からなるスリーピースロックバンドです。2013年に結成され、「シンデレラボーイ」「いつか」「結」などのヒット曲で知られ、2022年にはNHK紅白歌合戦に初出場を果たしました。石原慎也の繊細な歌声と、実体験に基づいたリアルな歌詞が幅広い世代から支持されています。
「いつもの帰り道」は、普段はドラマーとしてバンドを支えるせとゆいかが作詞・ボーカルを担当した楽曲です。Saucy Dogでは2ndミニアルバム「サラダデイズ」以降、CDボーナストラックとしてせとが歌う楽曲を収録することが恒例となっており、本曲はその中でも特に大きな転機となった作品です。SENSAのインタビューでせとは「『いつもの帰り道』が初めて自分のノンフィクションの感情で書けて、それを受け取って『泣いた』って言ってくれる人がいるのを知ってから、いろんな人に聴いてもらいたいと思うようになった」と語っており、この楽曲がソングライターとしての殻を破るきっかけになったことがうかがえます。
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考察①:車窓に映る”変わらない”風景——故郷への第一歩
窓の外 流れていく景色は
優しくて 色褪せないなあ
子供のまんま 大人になったみたいに
どこか変わって 何も変わらない
楽曲は、電車やバスの車窓から故郷の景色を眺める場面から始まります。「流れていく景色」は、帰省の道中で見える懐かしい風景を指しているのでしょう。その景色を「優しくて 色褪せない」と表現するところに、故郷に対する深い愛着が感じられます。
続く「子供のまんま 大人になったみたいに どこか変わって 何も変わらない」というフレーズは、故郷と自分自身の両方に重なる言葉ではないでしょうか。町並みは少しずつ変わっていくけれど、根底にある温かさは変わらない。そして自分自身も、大人になったはずなのに子供の頃と同じ気持ちで帰り道に揺られている。この「変化と不変」の対比が、帰省という行為に伴う独特の感慨を見事に表現していると考えられます。
考察②:「会いづらいこの時代」に届く不器用な愛情
大切なほど 会いづらいこの時代
もう嫌だな なんて思ってたけど
帰っておいで そんな強気な母親と
愛しいペットの写真を送る父
「大切なほど 会いづらいこの時代」という一節は、コロナ禍の状況を色濃く反映しています。本曲が収録された「レイジーサンデー」はまさにコロナ禍真っ只中に制作された作品であり、大切な家族に会いたくても会えないもどかしさがリアルに綴られています。「もう嫌だな」という率直な言葉に、当時多くの人が抱えていた閉塞感が重なります。
しかし、そこに登場するのが家族の姿です。「帰っておいで」と強気に言い放つ母親と、直接的な言葉ではなくペットの写真を送ることで「元気?」と伝えようとする父親。この対比が実に見事で、家族の不器用だけれど確かな愛情が浮かび上がってきます。特に父親がペットの写真を送るという描写は、「会いたい」と素直に言えない親心のリアルさがあり、多くの人が自分の家族と重ねてしまうのではないでしょうか。
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考察③:「小さなお菓子とくだらない話」——帰省の本当の意味
あなたがいてくれるこの町はいつでも
優しく待っててくれるから
小さなお菓子とくだらない話を
リュックに詰めて帰るね
サビで繰り返される「あなたがいてくれるこの町はいつでも 優しく待っててくれるから」という言葉は、この楽曲の核心です。町が優しいのは、そこに「あなた」——つまり家族がいるからであり、故郷の温かさと家族の愛情が分かちがたく結びついていることを示しています。
注目すべきは「小さなお菓子とくだらない話をリュックに詰めて帰るね」という表現です。帰省のお土産として持っていくのは、高価なものでも特別なものでもなく、「小さなお菓子」と「くだらない話」。この飾らないささやかさが、家族という関係の本質を象徴しているように感じられます。家族のもとに帰るのに大げさな理由なんていらない。ただ一緒にお菓子を食べて、他愛のない話をする——それだけで十分なのだという、帰省の本当の意味がここに凝縮されているのではないでしょうか。
考察④:「生きたくない」から「死にたくない」へ——命をつなぐ存在
何にもない 何にもないな わたしには
生きたくない 消えてしまいたい
その度に あなたの顔が浮かんで
まだ死ねない 死にたくないって思うの
2番で突然現れるこのフレーズは、楽曲の中で最も衝撃的で、最も切実な部分です。「何にもない」という自己否定の言葉、そして「生きたくない 消えてしまいたい」という痛切な吐露。1番の穏やかな帰省風景から一転して、主人公が都会で抱える深い孤独と苦しみが露わになります。
しかし、「その度に あなたの顔が浮かんで まだ死ねない 死にたくないって思うの」という言葉が続きます。ここで注目したいのは、「死にたくない」ではなく「まだ死ねない」が先に来ている点です。最初は「家族を悲しませるから死ねない」という義務感のような感情があり、そこから「死にたくない」という自分自身の意志へと変化しているように読み取れます。家族の存在が、受動的な「死ねない」を能動的な「死にたくない」へと変えてくれる——これこそが、この楽曲の最も重要なメッセージではないでしょうか。せとゆいか自身のノンフィクションの感情から生まれたこの言葉は、同じように苦しみを抱える多くの人の胸に深く刺さるものがあります。
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考察⑤:「笑って諦めて許して抱きしめてやれる」——無償の愛への憧れ
わがまま 意地張って 傷つけたあの日々を
無くしてしまえるわけじゃないから
笑って諦めて許して抱きしめてやれる
あなたのようになりたいと思えた
Cメロで語られるのは、過去の自分への後悔と、家族への感謝です。「わがまま 意地張って 傷つけたあの日々」は、思春期に家族に反抗したり、素直になれなかった記憶を指しているのでしょう。そしてそれは「無くしてしまえるわけじゃない」——過去の傷は消えないという現実を、主人公はしっかりと受け止めています。
しかし、その傷ごと「笑って諦めて許して抱きしめてやれる」のが家族なのです。この「諦めて」という言葉の選び方が秀逸で、単なる赦しではなく、「もうしょうがないなあ」と苦笑しながら受け入れるような、リアルな家族の愛情が感じられます。完璧な愛ではなく、諦めも含んだうえでの包容力。そんな「あなたのようになりたい」と素直に思えたという告白は、主人公の成長を示すとともに、家族への最大級の感謝の表現ではないでしょうか。
考察⑥:「わたしが生まれたこの町」——”帰る場所”から”始まりの場所”へ
わたしが生まれたこの町はいつでも
優しく待っててくれるから
小さなお菓子とくだらない話を
リュックに詰めて帰るね
あなたに会いに帰るね
ラストのサビで、それまで「あなたがいてくれるこの町」だった歌詞が「わたしが生まれたこの町」に変化します。この一語の変化に、楽曲全体の感情的な到達点が込められていると考えられます。故郷は「あなたがいる場所」であると同時に、「わたしが生まれた場所」でもある。つまり、自分の原点であり、自分という存在を形作った場所であるという認識に至っているのです。
そして最後の「あなたに会いに帰るね」という一行。歌詞全体を通じて「帰る」動機は「町が待っていてくれるから」でしたが、最後の最後に「あなたに会いに」と、帰る理由を明確に「人」に置き換えています。結局のところ、帰る場所とは建物でも風景でもなく、そこにいる「あなた」そのものなのだという結論が、この短い一行に凝縮されているのではないでしょうか。
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独自の視点:バンドの中で”ドラマー以上”の存在であることの証明
「いつもの帰り道」は、Saucy Dogというバンドの中でせとゆいかが果たしている役割を考える上でも興味深い楽曲です。普段はドラマーとしてバンドサウンドの土台を支える彼女が、この曲ではほぼアコースティックギターのストロークだけの伴奏の上で自らの言葉を歌い上げています。Real Soundのレビューでは、この楽曲について「せとゆいかというミュージシャンの進化」と評されました。
また、歌詞全体を通じて使われる一人称が「わたし」である点も見逃せません。Saucy Dogの楽曲では石原慎也が「僕」を使うことが多いですが、せとは「わたし」という女性的で柔らかな視点から歌います。この視点の違いが、バンドの楽曲に普段とは異なる温度感をもたらし、ベースの秋澤和貴が「いちばん好き」と語るほどの存在感を放っていると言えるでしょう。
まとめ
「いつもの帰り道」は、コロナ禍という特殊な時代背景を経て生まれた楽曲でありながら、家族への想い、故郷の温かさ、そして生きることの意味という普遍的なテーマを描いた作品です。「生きたくない」から「死にたくない」へ、そして「あなたのようになりたい」へと変化していく感情の流れは、家族の存在がいかに人の支えになるかを雄弁に物語っています。
飾らない言葉で綴られた歌詞だからこそ、聴く人それぞれの「あなた」や「いつもの帰り道」を思い浮かべることができるのではないでしょうか。帰省の車窓から故郷の景色が見えたとき、家族からの何気ないメッセージを受け取ったとき、ふとこの歌を思い出す——そんな温かい瞬間をくれる楽曲です。
ぜひ、あなた自身の「帰り道」を思い浮かべながら聴いてみてください。そして、大切な人に「帰るね」と伝えたくなったら、それがこの歌の力なのだと思います。
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楽曲情報
- 曲名:いつもの帰り道
- アーティスト:Saucy Dog
- 作詞:せとゆいか
- 作曲:Saucy Dog
- リリース日:2021年8月25日(5th mini album「レイジーサンデー」CDボーナストラック)/2023年12月8日(Bonus EP「はしやすめ」配信)
- 収録作品:5th mini album「レイジーサンデー」/Bonus EP「はしやすめ」