この長い旅の中で

この長い旅の中で

Saucy DogSaucy Dog
作詞:石原慎也 作曲:Saucy Dog
歌詞考察2026.02.17

この長い旅の中で【Saucy Dog】歌詞の意味を考察!"クジラの声"に託された信頼と救いのメッセージとは

「愛を探しに旅に出た僕らの幸せは 案外なんでもない日々だったりして」——穏やかでありながら、どこか胸の奥を突くようなフレーズで幕を開けるこの楽曲。Saucy Dogの「この長い旅の中で」は、2024年2月28日にデジタル配信リリースされ、2021年本屋大賞受賞作を映画化した「52ヘルツのクジラたち」の主題歌として大きな注目を集めました。

映画の持つ「声なき叫び」というテーマと深く共鳴する歌詞は、多くのリスナーの心を掴んでいます。孤独の中でもがく「僕」が、「君」という存在を通じて人を信じることの意味を見出していくこの楽曲。今回は、その歌詞に込められたメッセージを一つひとつ丁寧に紐解いていきます。

アーティスト・楽曲情報

Saucy Dog(サウシードッグ)は、2013年に大阪で結成されたスリーピースロックバンドです。石原慎也(Vo/Gt)、秋澤和貴(Ba)、せとゆいか(Dr/Cho)の3人で構成され、石原が紡ぐ実体験に根ざしたリアルな歌詞と、優しくも力強いハイトーンボイスが最大の魅力。代表曲「シンデレラボーイ」「いつか」はそれぞれMV再生回数1億回を突破し、2022年にはNHK紅白歌合戦にも初出場を果たしています。

「この長い旅の中で」は、映画「52ヘルツのクジラたち」のために書き下ろされた楽曲です。石原慎也は公式サイトで、この楽曲について次のようにコメントしています。「僕自身、心から信頼する事がどうも苦手で、『どうせ裏切られるかもしれない』『本来の自分を見てくれる人はいるのか?』と思いながらややこしく生きているんですが、そんな自分を1人の人間として見てくれる人が実は沢山いて、ちゃんと怒ってくれたり、心配してくれたり。そんな人を『信頼したい』という思いから作りました」と語っています。

映画「52ヘルツのクジラたち」は、町田そのこによる2021年本屋大賞受賞のベストセラー小説の映画化作品で、杉咲花、志尊淳が主演を務めました。タイトルの「52ヘルツのクジラ」とは、他のクジラには聞き取れない高い周波数で鳴く「世界でもっとも孤独なクジラ」のこと。虐待や孤独を抱えた人々が、互いの声なきSOSを聞き取り、救い合う物語です。

[ad1]

考察①:「案外なんでもない日々」に宿る本当の幸せ

愛を探しに旅に出た僕らの幸せは
案外なんでもない日々だったりして
海底から掬い上げてくれたのはきっと
大抵くだらない会話や泳げない君だったりする

楽曲の冒頭で、「僕」は「愛を探す旅」の答えについて語り始めます。そしてその答えは、劇的な出来事や華やかな瞬間ではなく、「なんでもない日々」だと気づいているのです。

「海底から掬い上げてくれた」という表現は非常に印象的です。「海底」は孤独や苦しみの深い場所を象徴しており、映画「52ヘルツのクジラたち」で描かれる海のイメージとも重なります。そこから救い上げてくれたものが「くだらない会話」や「泳げない君」であるというのは、完璧でなくても、ありのままの姿で寄り添ってくれる存在こそが救いになるという深い洞察ではないでしょうか。

「泳げない君」という描写には、海の深さ(=苦しみの深さ)を知っているからこそ一緒に潜ることはできないけれど、それでもそばにいてくれるという温かさが感じられます。特別な力を持たない誰かの存在が、実は最も大きな救いになり得るということを、この冒頭はそっと教えてくれています。

考察②:「透明人間」と「誰にも届かないSOS」——見えない孤独

誰にも届かないSOS
透明人間な僕は
君の笑顔の裏側 知るのが怖くて
不安を押し込めて笑う今日も

ここで「僕」の内面がより深く描かれます。「誰にも届かないSOS」というフレーズは、まさに52ヘルツのクジラそのものです。懸命に声を上げても、その周波数が周囲と合わなければ、誰の耳にも届かない。「僕」は自分自身を「透明人間」と表現し、存在そのものが見えていないような孤独を抱えています。

さらに注目すべきは、「君の笑顔の裏側 知るのが怖くて」という一節です。「僕」は自分の孤独だけでなく、相手もまた何かを隠しているのではないかという不安を抱えています。しかし、それを知ることが怖いのは、相手の本心を知ったときに関係が壊れるかもしれないという恐れがあるからではないでしょうか。だからこそ「不安を押し込めて笑う」——自分の感情に蓋をして、表面的な平穏を保とうとしているのです。

石原慎也が語った「心から信頼する事がどうも苦手」という言葉が、このパートには色濃く反映されていると考えられます。

[ad1]

考察③:「そんな人いないって思ってたんだ」——信頼への驚き

君がいれば問題はない
そんな人いないって思ってたんだ

わずか2行ながら、楽曲の中でも最も重要な転換点の一つと言えるパートです。「君がいれば問題はない」と思える存在——そんな人は存在しないと思い込んでいた「僕」が、実際にそう感じられる「君」と出会ったことへの素直な驚きが表現されています。

この歌詞は、石原慎也のコメントにある「そんな自分を1人の人間として見てくれる人が実は沢山いて」という言葉と強く結びつきます。信頼を諦めかけていた人間が、それでも信じられる存在に出会えたという体験は、映画「52ヘルツのクジラたち」で主人公・貴瑚がアンさんに救われる構図とも響き合っています。

「思ってたんだ」という過去形の使い方にも注目したいところです。かつてはそう思っていた、けれど今は違う——この時制の変化が、「僕」の心境の変化を静かに物語っています。

考察④:「クジラの声さ君に届くか」——命を懸けた叫び

喉に痞えてた言葉が
そのまま命の叫びだ
心が軋む音がしたら
クジラの声さ君に届くか
ほんの少し信じてみたい
この長い旅の中で

楽曲のサビに当たるこのパートは、感情が最も凝縮された部分です。「喉に痞えてた言葉」とは、これまでずっと言えなかった本音や感情のこと。それが単なる言葉ではなく「命の叫び」であるという表現には、言葉を発すること自体が生きることに直結しているという切実さが込められています。

「心が軋む音」を「クジラの声」に喩えるこの表現は、映画タイアップとしての必然性を超えた詩的な美しさを持っています。52ヘルツのクジラのように、自分の叫びは誰にも聞こえないかもしれない。それでも「君に届くか」と問いかけ、「ほんの少し信じてみたい」と一歩を踏み出そうとする。

「ほんの少し」という控えめな表現が、逆にこの決意のリアルさを際立たせています。一気に全てを信じることはできなくても、少しだけ——その「少し」こそが、長い人生の旅の中で最も勇気ある一歩ではないでしょうか。

[ad1]

考察⑤:「後でやろう」の魔法を解いて——変化への一歩

愛を探しに旅に出よう
君に言われるがままに
新しい世界へ飛び出した
素晴らしい命と思えるように
綺麗さっぱり
片付けてしまえよほら
もう「後でやろう」って言葉の魔法
使わないように

2番に入り、歌詞のトーンが少し前向きに変化します。冒頭では「愛を探しに旅に出た」と過去形で語られていたフレーズが、ここでは「旅に出よう」と意志を持った表現に変わっている点が印象的です。

「君に言われるがままに新しい世界へ飛び出した」という歌詞からは、自分一人では踏み出せなかった一歩を、「君」の存在が後押ししてくれた様子が伝わってきます。そして「素晴らしい命と思えるように」という一節には、自分の人生を肯定したいという切実な願いが込められているのではないでしょうか。

「後でやろう」という言葉を「魔法」と呼んでいるのも興味深い表現です。先延ばしにすることで、変わらなくて済む——そんな安心感を「魔法」と表現しながら、もうその魔法に頼らないと宣言している。変わることへの恐れを乗り越えようとする意志が、ここに込められています。

考察⑥:「例えば君がペテン師でも」——無条件の信頼という覚悟

君が居ればどんなに痛い
終わりのない悲しみも
存在しない?冗談じゃない
乗り越えていける気がする
例えば君がペテン師でも
君を信じて後悔したいや
そばにいたいぼんやりしたい
この長い旅の中で

楽曲のクライマックスであるラスサビは、「僕」の信頼がさらに深い領域に到達する瞬間です。「君が居れば悲しみも存在しない」という甘い幻想を、「冗談じゃない」と即座に否定しているのが印象的です。悲しみは消えない、痛みもなくならない——けれど「乗り越えていける気がする」。これは現実を見据えた上での希望であり、安易な楽観論ではありません。

そして石原慎也自身が「僕の感情そのもの」と語った「例えば君がペテン師でも君を信じて後悔したい」という一節。この言葉には、信頼することのリスクを十分に理解した上で、それでも信じることを選ぶという覚悟が凝縮されています。裏切られるかもしれない、騙されているのかもしれない——それでも、信じないまま生きるよりも、信じて後悔する方を選びたいという強い意志です。

最後の「そばにいたいぼんやりしたい」という結び方にも、深い意味が込められているのではないでしょうか。大きな決意や劇的な展開ではなく、ただそばにいて、ぼんやりとした穏やかな時間を共有したい。それこそが、この楽曲が最初に提示した「案外なんでもない日々」という幸せの姿と美しく呼応しています。

[ad1]

独自の視点:「52ヘルツ」と歌詞の有機的な結びつき

この楽曲の最も注目すべき点は、タイアップ先である映画「52ヘルツのクジラたち」との関係性が、単なる表面的なモチーフの借用にとどまっていないことです。

52ヘルツのクジラは、他のクジラには聞こえない周波数で鳴くため「世界でもっとも孤独なクジラ」と呼ばれています。歌詞における「誰にも届かないSOS」「透明人間な僕」「クジラの声さ君に届くか」といったフレーズは、このモチーフを見事に歌詞の文脈に溶け込ませています。

また、映画では「声なきSOSを聞き取って救う」ことが物語の根幹を成していますが、歌詞においてもそれは同様です。「僕」の叫びを聞き取り、「海底から掬い上げてくれた」のが「君」であるという構図は、映画の主人公・貴瑚とアンさんの関係性と重なります。

さらに注目したいのは、石原慎也自身の「信頼が苦手」という実体験が、映画のテーマである「傷ついた者同士の救済の連鎖」と自然に重なり合っている点です。タイアップ楽曲でありながら、アーティスト自身のリアルな感情が込められていることが、この楽曲に深い説得力を与えていると考えられます。

まとめ

「この長い旅の中で」は、人を信じることの怖さと、それでも信じたいという切実な願いを、海やクジラのモチーフを通じて美しく描いた楽曲です。孤独の深い海底にいた「僕」が、「君」という存在によって少しずつ光の方へ向かっていく——その過程は決して劇的ではなく、「くだらない会話」や「ぼんやりした時間」の積み重ねの中にあるのだと、この歌詞は教えてくれます。

石原慎也の実体験に基づく生身の言葉と、映画「52ヘルツのクジラたち」が描く声なき者たちの物語が深く共鳴したこの楽曲は、聴く人それぞれの「52ヘルツの声」に寄り添う力を持っています。誰かに届かない叫びを上げた経験のある人、信じることに臆病になっている人にこそ、ぜひ聴いていただきたい一曲です。

あなたにとっての「クジラの声」は、誰に届いてほしいですか? そんなことを思いながら聴くと、また新たな発見があるかもしれません。Saucy Dogの温かくも切ない音楽が、これからも多くの人の心に届くことを願っています。

[ad1]

楽曲情報

  • 曲名:この長い旅の中で
  • アーティスト:Saucy Dog
  • 作詞:石原慎也
  • 作曲:Saucy Dog
  • リリース日:2024年2月28日
  • 収録作品:8th Mini Album「ニューゲート」(2024年12月18日発売)
  • タイアップ:映画「52ヘルツのクジラたち」(2024年3月1日公開)主題歌