くせげ

くせげ

Saucy DogSaucy Dog
作詞:石原慎也 作曲:Saucy Dog
歌詞考察2026.02.17

くせげ【Saucy Dog】歌詞の意味を考察!"癖毛"が気になりだした本当の理由とは

「埃に塗れた日記」という言葉から始まるこの楽曲。Saucy Dogが2024年10月25日に先行配信リリースした「くせげ」は、ABCテレビ・テレビ朝日系ドラマ「マイダイアリー」の主題歌として書き下ろされた一曲です。Saucy Dogにとって、GP帯(ゴールデン・プライムタイム)連続ドラマの主題歌は今回が初めてとなりました。

爽やかなメロディの中にどこか切なさを湛えたサウンドと、石原慎也の繊細なボーカルが、過ぎ去った青春の日々を鮮やかに蘇らせます。YouTubeでのMV再生回数は100万回を突破し、多くのリスナーの心を掴んでいます。今回は、この楽曲に込められたメッセージを歌詞から丁寧に紐解いていきます。

アーティスト・楽曲情報

Saucy Dog(サウシードッグ)は、石原慎也(Vo/Gt)、秋澤和貴(Ba)、せとゆいか(Dr)からなるスリーピースロックバンドです。2013年に結成され、2016年のMASH FIGHT! Vol.5グランプリ受賞を機に注目を集めました。「いつか」「シンデレラボーイ」「紫苑」など数々のヒット曲を生み出し、2022年にはNHK紅白歌合戦にも初出場を果たしています。石原慎也が全楽曲の作詞を手がけており、実体験に基づいたリアルな恋愛描写と情景描写が多くのファンの共感を呼んでいます。

「くせげ」について石原慎也は、「自分がこの曲を作るにあたり題材にしたのは高校の頃の記憶。聴く人によって捉え方が変わる思い出みたいなものを描きたいと思いました」とコメントしています。さらに「制作する過程で自分自身がその時感じていた事、現在になって感じる事、未来感じるであろう事、を想像しながらひとつずつ大切に歌詞を書きました」と語っており、過去・現在・未来の三つの時間軸を行き来しながら丁寧に紡がれた楽曲であることがうかがえます。

タイアップとなったドラマ「マイダイアリー」は、清原果耶主演の青春群像劇です。社会人1年目の主人公が、日々の些細な出来事をきっかけに大学時代を過ごした仲間たちとの思い出を振り返るという構成で、楽曲のテーマと深くリンクしています。

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考察①:埃に塗れた日記——未熟だった「僕」の肖像

埃に塗れた日記
あの頃の僕は未熟だった
霧雨にうねる前髪を押さえながら
何を見ていたんだっけ

楽曲は「埃に塗れた日記」という印象的なフレーズで幕を開けます。埃が積もるほど長い間開かれていなかった日記——それは、しばらく振り返ることのなかった過去の記憶そのものを象徴しているのではないでしょうか。

「あの頃の僕は未熟だった」という率直な自己認識は、現在の視点から過去を見つめ直す語り手の成熟を感じさせます。霧雨にうねる前髪を押さえるという描写は、くせ毛という身体的特徴を自然に織り込みながら、思春期特有の自意識と戸惑いを巧みに表現しています。「何を見ていたんだっけ」という問いかけは、当時の自分が何に心を向けていたのか、もう正確には思い出せないというもどかしさを伝えています。

考察②:下ろしたてのスニーカー——ぎこちない青春の風景

下ろしたてのスニーカー
私服がなんだかぎこちないな
鏡に映る自分の影、恥ずかしくて
目を逸らしてたんだっけ

街角で流れる大人びた歌
愛を語るには若過ぎたよな
過ぎ去っていった春に甘えて

下ろしたてのスニーカー、ぎこちない私服、鏡に映る自分の影——これらは青春期の自己意識を鮮やかに切り取った描写です。制服から私服に着替えた瞬間の居心地の悪さは、多くの人が経験したことのある感覚ではないでしょうか。石原慎也の歌詞の真骨頂とも言える、誰もが覚えのあるワンシーンを切り取る力がここに発揮されています。

「街角で流れる大人びた歌/愛を語るには若過ぎたよな」というフレーズには、恋愛ソングを聴いても実感が伴わなかった青い時代への郷愁が滲んでいます。「過ぎ去っていった春に甘えて」は、もう戻れないと分かっているからこそ、あの頃の未熟さすらも愛おしく思える心情を表しているのではないでしょうか。

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考察③:「癖毛が気になりだした」理由——恋が目覚めさせた自己意識

癖毛が気になりだしたのは
紛れもなく君に逢えたから
思い出す事は殆どないけど

楽曲のタイトルでもある「くせげ(癖毛)」の核心がここで明かされます。癖毛が気になりだしたのは、「君」に出会ったから。つまり、恋をすることで初めて自分の外見を意識するようになったということです。

これは単なる容姿のコンプレックスではなく、誰かを好きになったことで「自分がどう見えているか」を気にし始める、あの思春期の目覚めを象徴しています。それまで何とも思っていなかった癖毛が、好きな人の前では急に気になり始める——恋が人に自己意識を与え、変化のきっかけを作るという、普遍的な真理がこのシンプルなフレーズに凝縮されていると考えられます。

「思い出す事は殆どないけど」という一文がまた絶妙です。具体的なエピソードは薄れてしまっても、「君に出会って自分が変わった」という感覚だけは確かに残っている。記憶の曖昧さと感情の確かさの対比が胸に迫ります。

考察④:誰かを愛す事でしか成長できない——楽曲が伝える核心

誰かを愛す事でしか
まともに成長できないから
今ではそれで良かったなって思ってる
記憶の端に折り目を付けてしまった

この楽曲の最も核心的なメッセージがここに集約されています。「誰かを愛す事でしか/まともに成長できない」という言葉は、恋愛に限らず、人と深く関わることでしか人間は本当の意味で大人になれないという、石原慎也なりの人生哲学と言えるでしょう。

そして「今ではそれで良かったなって思ってる」という一節が、この楽曲に温かな肯定感を与えています。たとえその恋が実らなかったとしても、傷ついたとしても、その経験があったからこそ今の自分がある——過去を後悔ではなく感謝として受け止めるまなざしが感じられます。

「記憶の端に折り目を付けてしまった」は、Billboard JAPANのインタビューでも取り上げられた秀逸な表現です。石原慎也自身、「記憶というと日記かなと思って、記憶の端に折り目をつけたら自分の気持ちの記憶にも折り目がつく」と語っています。本のページに折り目をつけるように、大切な記憶に目印を残す行為。それは意図せず「してしまった」ものであり、消そうと思っても消せない、心に刻まれた痕跡なのではないでしょうか。

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考察⑤:色褪せた過去と「あなた」への問いかけ

ところであなたはどんな
生活を誰と過ごしたんだ
寂しさを埋めるだけの日を
堪えながら何をしていたんだっけ

あれから月日が経って
色褪せた過去になりやがって
正確に思い出す事も
出来ないくらいぼやけてしまったじゃないか

2番に入り、語り手の視点は「僕」から「あなた」へと移ります。注目すべきは、1番では「君」だった呼称が「あなた」に変わっている点です。これは時間の経過とともに、かつて親密だった相手との距離感が微妙に変化したことを示唆しているのではないでしょうか。

「色褪せた過去になりやがって」という、やや乱暴な言い回しにも注目したいところです。丁寧に思い出を語っていた語り手が、ここで感情を露わにする。記憶がぼやけていくことへの苛立ちと寂しさ、そしてそれでも忘れたくないという矛盾した感情が、この口語的な表現に凝縮されていると考えられます。

ドラマ「マイダイアリー」が社会人になった主人公の視点から大学時代を振り返る物語であるように、この歌詞もまた、時間の残酷さと記憶の儚さに向き合う姿を描いています。

考察⑥:日記を読み返すということ——「仕舞った」に込められた想い

凍った手と手がゆっくり
溶けてしまう程今でも
いまさら

突然日記を読み返したのは
あなたを感じたくなったから
そんなに急に遠くに行くとは思ってないから

癖毛が気になりだしたのは
初めて乾杯をしたのは
誰かの為に泣いたのは
冷たい手を握ったのは

誰かを愛す事でしか
まともに成長できないから
今ではそれで良かったなって思ってる
記憶の端に折り目を付けて仕舞った

クライマックスとなるラスサビでは、「凍った手と手がゆっくり/溶けてしまう程今でも」という描写が、冬の日の触れ合いの記憶をありありと蘇らせます。冷たかった手が互いの体温で溶けていくという感覚は、今でも身体が覚えているほど鮮烈なものだったのでしょう。

「突然日記を読み返したのは/あなたを感じたくなったから」という告白は、タイトルの「日記」というモチーフとドラマのテーマを見事に結びつけています。記憶がぼやけていくことに抗うように、日記という形で残された過去に手を伸ばす。それは「あなた」の存在をもう一度確かめたいという、切実な想いの表れです。

そしてラスサビでは、「癖毛が気になりだしたのは」「初めて乾杯をしたのは」「誰かの為に泣いたのは」「冷たい手を握ったのは」と、人生の「初めて」が次々と列挙されます。これらすべてが「誰かを愛す事」によってもたらされた経験であり、成長の証なのです。

最後に注目したいのが、1番では「折り目を付けてしまった」とひらがなだった表記が、ラスサビでは「折り目を付けて仕舞った」と漢字に変わっている点です。「仕舞う」には「片付ける」「閉じる」という意味があります。つまり最後の一行は、大切な記憶にそっと折り目をつけて、心の奥に丁寧にしまい込んだ——という解釈ができるのではないでしょうか。偶然ではなく意志を持って、その記憶を自分の中に収めたのです。

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独自の視点:「くせげ」と「dog-ear」の符合

「記憶の端に折り目を付ける」という表現について、もう一つ興味深い視点を提示したいと思います。本のページの角を折って目印にすることを英語で「dog-ear(犬の耳)」と呼びます。Saucy Dog——「犬」の名を冠するバンドが、「折り目」という言葉を選んだことに、偶然かもしれませんが詩的な符合を感じずにはいられません。

また、石原慎也がインタビューで「くせげは初期っぽい曲」と語っている通り、この楽曲にはSaucy Dogの原点とも言える、等身大の感情をストレートに綴るスタイルが貫かれています。ベースの秋澤和貴も「アルバムの中で一番好きな曲かもしれない」とコメントしており、バンドにとっても特別な一曲であることがうかがえます。石原自身が大学を出ていないにもかかわらず、ドラマの脚本を読んで「どこか懐かしく自分とも重なる部分が多かった」と語っている点も印象的です。青春の記憶は、学校の種類や場所を超えて、誰の心にも共通する温度を持っているのかもしれません。

まとめ

「くせげ」は、過ぎ去った青春の日々と、そこで出会った誰かを愛した記憶を、切なくも温かなまなざしで振り返る楽曲です。癖毛が気になりだしたあの日から、誰かのために泣いた日まで——人が成長する瞬間はいつも、誰かとの関わりの中にあるのだと、この歌詞は静かに語りかけています。

「今ではそれで良かったなって思ってる」という言葉に象徴されるように、たとえ記憶が色褪せても、そこで感じた想いは消えることなく、私たちの一部として生き続けます。記憶の端にそっと折り目を付けて、大切に仕舞い込む——それは、過去を否定するのではなく、愛おしさとともに受け入れるということなのではないでしょうか。

ぜひ、あなた自身の「埃に塗れた日記」を思い浮かべながら、この楽曲に耳を傾けてみてください。あなたの癖毛が気になりだしたのは、いつ、誰に出会ったからですか?

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楽曲情報

  • 曲名:くせげ
  • アーティスト:Saucy Dog
  • 作詞:石原慎也
  • 作曲:Saucy Dog
  • リリース日:2024年10月25日(先行配信)/ 2024年12月18日(CD)
  • 収録作品:8th Mini Album「ニューゲート」
  • タイアップ:ABCテレビ・テレビ朝日系ドラマ「マイダイアリー」主題歌